アイキルユウ

 すると彼は、手のひらを振って拒んだ。
「お返しする場合、面倒になるので、受取らないことにします」
 場長が代わりに受取ろうとしたが派遣員がそれを制した。
 派遣員はむげにはできない様子で、
「そこまでおっしゃるのなら、いかなければならないかも知れないですね。でもほんとうに期待しないで下さい」
と困惑したように頭を掻いた。静かに笑った。
 土岐は、紙幣を財布に戻した。ドアを閉めながら、
「あくまでも、気が向いたら、でいいですから、遊びにくるようなつもりで一向にかまいませんから」
と再度彼に別れを告げた。
 運転手は先刻から会話を不審な面持ちでうかがっていた。盗み聴きするように五ガロンサイズのポリタンクのガソリンを燃料タンクに注ぎ込んでいた。注ぎ切ると運転席に飛び乗った。エンジンをかけた。
「うかがう場合は、かならず事務所に電話連絡しますから」
と彼は最後に小さく手を振ったが、電話番号は聞こうとしなかった。
 玄関のポーチで場長は終始にこやかだった。
 少女の姿はなかった。いるのかいないのか確認しなかった。少女の母親、場長の配偶者も顔を見せなかった。
 派遣員がまた何か言い出す前に運転手を促して農業試験場をあとにした。振り返ると、派遣員は道路に出て、見えなくなるまで、いつまでも名残惜しそうに手を振っていた。遠ざかるほど手の振り方が次第に大きくなっていった。
 開放した車窓から心の中をさわやかに吹き抜けるそよ風がしばらく吹き込んできた。草と土のおだやかなにおいがする。あとはまた、うんざりするような退屈なドライブだった。なんの変哲もない荒れ果てた風景が蜿蜒と続いた。
 多少寝不足気味だった。眠ろうと勤めた。目を閉じても鬱勃たる草木の間を凹凸の激しい田舎道が頭の中で蜿蜒と繋がっていた。結局一睡もできなかった。意識も覚醒していなかった。