土岐は誘われるままに腰掛けた。自動車の座席で植えつけられた尾てい骨の痛みがよみがえってきた。
地面は少し軟弱だった。椅子の脚が数センチめり込んだ。最初傾いていた椅子が脚が不均等に地面にめり込んだ。水平になった。
派遣員は深い溜息をつきながら夜空を仰いでいた。横顔の輪郭だけが見えた。瞳の中の微細な光が遠い漁火のように蠢いていた。
食堂の明かりは足元で頼りなげに消えかけていた。前方は見渡す限りの漆黒の闇だった。フィラメントが徐々に明るさを増す豆電球のように、夜空の星々が少しずつ明るく見え始めてきた。地平線に近い一等星は徐々に眼に突き刺さってきた。
こうした星空は首都では拝めなかった。ポンコツ寸前の自動車やバイクたちが無頓着に撒き散らす夥しい排気ガスのせいに違いない。
不意に遺伝子に組み込まれているような懐かしいという思いが込み上げてきた。涙腺に心地よい痛みを感じた。
しだいに星々の輪郭がわなわなと歪んできた。さらさらの涙が滲み溢れた。星々が変形と癒着を繰り返した。鼻腔の奥に痺れるような熱い感覚が広がっていった。体がふわりと浮き上がるような気がした。首が倒れかかる独楽のようにふらふらと円錐形に揺れた。眼の焦点が合わなくなった。泪がひとしずく、右頬を伝って顎の淵から喉元にくるりと転落した。
開襟シャツの袖で眼中の滴と右頬を拭き取った。再び星空を仰ぐ。顎の下に手を差し伸べられて首だけ吸い込まれて行きそうな気がした。星々は一つ一つ独立に輝いている。明るい星、小さな星、天空の黒い模造紙に滲んでいる星雲。いずれも気高い。犇めき合っている。互いに干渉しあわない。自尊の光を煌然と放っている。
遥か遠くのほうから、派遣員の清澄な声がした。隣を見ると、斑な無精ひげを蓄えた尖った顎を突きだしている。彼も星空を見上げていた。
「一つだけわかっていることがあるんです。ここにいたい理由は、この星屑の空です。たまらなく好きなんです。晴れ上がった夜はいつもこうして見上げるんです。至福のとき、恍惚のとき、愉悦のときとでも言うんでしょうか。こうして夜空に抱かれ、融け込むようにして死んで行くことが夢です。首都にはこの星空がない。それが行きたくない理由の一つかも知れない」
ととつとつと語りながら、
地面は少し軟弱だった。椅子の脚が数センチめり込んだ。最初傾いていた椅子が脚が不均等に地面にめり込んだ。水平になった。
派遣員は深い溜息をつきながら夜空を仰いでいた。横顔の輪郭だけが見えた。瞳の中の微細な光が遠い漁火のように蠢いていた。
食堂の明かりは足元で頼りなげに消えかけていた。前方は見渡す限りの漆黒の闇だった。フィラメントが徐々に明るさを増す豆電球のように、夜空の星々が少しずつ明るく見え始めてきた。地平線に近い一等星は徐々に眼に突き刺さってきた。
こうした星空は首都では拝めなかった。ポンコツ寸前の自動車やバイクたちが無頓着に撒き散らす夥しい排気ガスのせいに違いない。
不意に遺伝子に組み込まれているような懐かしいという思いが込み上げてきた。涙腺に心地よい痛みを感じた。
しだいに星々の輪郭がわなわなと歪んできた。さらさらの涙が滲み溢れた。星々が変形と癒着を繰り返した。鼻腔の奥に痺れるような熱い感覚が広がっていった。体がふわりと浮き上がるような気がした。首が倒れかかる独楽のようにふらふらと円錐形に揺れた。眼の焦点が合わなくなった。泪がひとしずく、右頬を伝って顎の淵から喉元にくるりと転落した。
開襟シャツの袖で眼中の滴と右頬を拭き取った。再び星空を仰ぐ。顎の下に手を差し伸べられて首だけ吸い込まれて行きそうな気がした。星々は一つ一つ独立に輝いている。明るい星、小さな星、天空の黒い模造紙に滲んでいる星雲。いずれも気高い。犇めき合っている。互いに干渉しあわない。自尊の光を煌然と放っている。
遥か遠くのほうから、派遣員の清澄な声がした。隣を見ると、斑な無精ひげを蓄えた尖った顎を突きだしている。彼も星空を見上げていた。
「一つだけわかっていることがあるんです。ここにいたい理由は、この星屑の空です。たまらなく好きなんです。晴れ上がった夜はいつもこうして見上げるんです。至福のとき、恍惚のとき、愉悦のときとでも言うんでしょうか。こうして夜空に抱かれ、融け込むようにして死んで行くことが夢です。首都にはこの星空がない。それが行きたくない理由の一つかも知れない」
ととつとつと語りながら、


