アイキルユウ

と場長の寛大な理解を求めた。
 場長は仕方がないと言いたげだ。下唇を突きだす。肩をすくめる。両手を広げた。席を立った。
「明日の払暁、礼拝があるので先に休ませてもらいたい」
と音を立てて椅子をうしろに引く。土岐に退席の許しを請う。
「あなたがたは、ごゆっくり」
と場長は言い残す。娘に何か目配せをして食堂を出て行った。
 土岐は先刻から何となく息苦しさを覚えていた。派遣員の煙草の煙で空気が濁ってきたせいかも知れない。鶏も野菜炒めもスパイシーでまずくはなかった。昼食ぬきにもかかわらず疲労のせいか食欲はあまりなかった。とくに艶がなくぱさぱさの長粒ライスは食べる気がしなかった。
 派遣員はゆっくりとライスを右手で食べている。左手でビールを呑む。煙草を吸ったりしていた。
 場長が去ると少女は父親が使用していた食器を片付けた。それが終わると椅子に腰掛ける。派遣員の表情を見つめ始めた。彼に対して土岐が何かを言うと、そのときだけ土岐を振り向く。不審そうな顔つきをする。派遣員の言葉は理解できなくても、彼の心情はわかっているようだった。テーブルの上で細い指を組む。思い詰めたような潤んだ眼差しで彼を凝視していた。彼が笑うと微笑み、彼が考え込むと首をかしげた。彼の表情から彼の心持ちを懸命に読み取ろうとしているように見えた。
 会話が途切れた。扇風機の回転音が聞こえた。部屋の空気はどんよりと澱んでいた。夜が更けてきていた。窓外の闇が濃くなる。大地の熱気がゆるやかに夜気に解き放たれつつあった。
 蛾や蚊を入れないために部屋を閉め切っていた。人いきれで空気が重くなっていた。外気と繋がる網戸が二枚あった。空気の流れは感受できなかった。重厚な空気のマスクが口の周りにたむろしていた。いま吐きだした呼気をそのまま吸い込んでいるような気がした。夕食前にシャワーで洗い流した首筋や胸元に粘り気のある安物の接着剤のような汗が再び滲んできていた。
 派遣員は下唇を突きだした。吐きだした息で幾度となく短い前髪を吹き上げていた。時々、思いだしたように日焼けした首筋に掛けた黄ばんだタオルで顔や喉の汗を拭っていた。
 タオルの端の繊維がほつれている。綿糸が一本、不安定に揺れていた。
「外に出ませんか?もう涼しくなっているでしょう」
と派遣員はグラスに半分ほど残っていたビールをひと呑みにした。