「想像力の問題なのかもしれません。起こってもいないことについて訊かれても答えようがないんです。だから代数はちんぷんかんぷんでした。xやyじゃなくって太郎や花子ならまだわかるんですがxを時間、yを速度とするなんていうともうお手上げです。時間なんか眼に見えないし、触れられもしない。時計は見えるけど時刻だし、速度なんか、ものすごく速いとか、ただ速いとか、ただ遅いとか、ものすごく遅いぐらいしかわからない。何を言っているんですかね。自分でも何を言いたいのかよくわからない。言えば言うほど言いたいことから遠ざかって嘘になるような気がします。だから黙るしかないんです」
いつの間にか蛙と虫の声が喧しくなっていた。時折、夜鳥の囀りも聞こえてきた。
場長は分厚い瞼の下の大きな目の茶色の虹彩を剥きだしにした。食べたり呑んだりしている。派遣員の表情を追っていた。
派遣員が黙り込む。天井の扇風機の音が殺風景な食堂に響いた。土岐は無意識のうちにその回転音に合わせて人差し指と中指でテ
ーブルを叩いていた。回転数を数えていた。
部屋中に扇風機の羽根の淡い翳が回転していた。
場長は皿の縁に口をあてがう。料理をほとんど平らげる。鶏の足の軟骨をしゃぶり始めた。
「お前たちはふたりで、何をひそひそ話しているのか」
と訊いてきた。
土岐は知っている英語の語彙で表現できる部分だけを掻い摘んで英訳した。
場長は、
「支離滅裂だ」
と言いたげに判然としない面持ちで娘が運んできたライスにカレーとヨーグルトをかけた。手の平でひと口サイズに握って食べ始めた。
天井から下がっている白熱灯が扇風機の緩慢な風に揺れている。それに合わせてテーブルの上の様々な静物のぼやけた影が揺れ動いていた。蛾が一匹、電燈の周りを飛んでいた。鳳ほどの影が床と壁を落ち着きなく右往左往している。
場長はカレーとヨーグルトで汚れた右手をこねる。ボウルの水で器用に洗っていた。たまさか眼が合うと、
「授賞式に行くように彼を説得してくれないか。どうだ?」
と思いだしたように切望する。そう言われても土岐はなお派遣員の顔色をうかがって、脱力して、力なく首を横に振らざるを得なかった。
「彼は、ただ行きたくないと言っているのだから。理由は彼自身にもわかっていない。言葉でうまく説明できない。だから、どうにもこうにも、説得のしようがない」
いつの間にか蛙と虫の声が喧しくなっていた。時折、夜鳥の囀りも聞こえてきた。
場長は分厚い瞼の下の大きな目の茶色の虹彩を剥きだしにした。食べたり呑んだりしている。派遣員の表情を追っていた。
派遣員が黙り込む。天井の扇風機の音が殺風景な食堂に響いた。土岐は無意識のうちにその回転音に合わせて人差し指と中指でテ
ーブルを叩いていた。回転数を数えていた。
部屋中に扇風機の羽根の淡い翳が回転していた。
場長は皿の縁に口をあてがう。料理をほとんど平らげる。鶏の足の軟骨をしゃぶり始めた。
「お前たちはふたりで、何をひそひそ話しているのか」
と訊いてきた。
土岐は知っている英語の語彙で表現できる部分だけを掻い摘んで英訳した。
場長は、
「支離滅裂だ」
と言いたげに判然としない面持ちで娘が運んできたライスにカレーとヨーグルトをかけた。手の平でひと口サイズに握って食べ始めた。
天井から下がっている白熱灯が扇風機の緩慢な風に揺れている。それに合わせてテーブルの上の様々な静物のぼやけた影が揺れ動いていた。蛾が一匹、電燈の周りを飛んでいた。鳳ほどの影が床と壁を落ち着きなく右往左往している。
場長はカレーとヨーグルトで汚れた右手をこねる。ボウルの水で器用に洗っていた。たまさか眼が合うと、
「授賞式に行くように彼を説得してくれないか。どうだ?」
と思いだしたように切望する。そう言われても土岐はなお派遣員の顔色をうかがって、脱力して、力なく首を横に振らざるを得なかった。
「彼は、ただ行きたくないと言っているのだから。理由は彼自身にもわかっていない。言葉でうまく説明できない。だから、どうにもこうにも、説得のしようがない」


