アイキルユウ

と伏し目がちに型通りの挨拶をした。褐色の肌と象牙色の歯の対蹠が鮮やかだ。
 少女が恥ずかしそうに厨房へ去った。
「かわいい女の子ですね」
と土岐はあたり障りのないことを口にだした。ヘンサチの用件を今切り出すべきか、明日にするべきか迷っていた。
 派遣員は隣の台所から二本目のビールを持ってくる。手酌で呑み始めた。派遣員の方からすすんで受賞の話を言い出す気配はまったくなかった。
「試験場長から、あの子を妻にもらわないかと頼まれているんです。ただしイスラムに改宗して。改宗といっても自分は、というか実家は浄土真宗だけど、実質的には無宗教だから、イスラムに入信して」
と派遣員は自嘲気味に目元だけで笑う。鶏の片足を毟り取った。
「それが、この試験場に三年もいる理由なんですか?」
「まさか。年が倍も違うのに。ほんとにいい子だけど。それに、この話は政治的な臭いがするんです。試験場長はやり手でして。ぼくにとっては理想の女房に飼育する楽しみがあるけれど、彼女にとっては恐らく迷惑な話でしょう」
と派遣員は高い頬骨の下に浅い皺を寄せる。軽やかに笑った。
「大使館には、この結婚話ですけど、三年いる理由をもし聞かれたら、そうかも知れないし、そうではないかも知れないし、そうだとしても、それだけではないかも知れない、と伝えておいてください」
と要を得ない曖昧な伝言を述べる。それにつづけて、
「ほんとのことをいうとよくわからないんです、自分でも。思っていることは、どうしても言葉で表現できないんです。頭の中で感じていることと言葉が一対一で対応しているとは、どうしても思えないんです。言えば言うほど言いたいことから遠ざかって、嘘の上塗りをしているような気がして」
と派遣員は控え目に鶏の足に齧り付いた。
 そこに少女がナイフとフォークを一本ずつ持って入ってきた。テーブルの上に差しだした。
「あなたは、この男の人と結婚したいと思っているの?」
と土岐が拙い英語で訊く。
 少女は急にほの紅い笑みを浮かべる。派遣員の方を見た。
「こんなおじさん、いやだよね」
と言う派遣員の言葉を理解できない。少女ははにかんだ瞳を動かす。派遣員にその意味を眼で訊いた。
 派遣員はそれに答える。