アイキルユウ

 睡魔が去って再びむせ返るような退屈極まりないドライブが続いた。思考力のなえた土岐の眼が助手席の下に握り拳ほどの穴を発見した。その下を地面が凄まじい速度で流れていた。
 苦行のような乗車に耐えかねて、干からびた喉をこじ開けた。
 土岐は、
「農業試験場へは、あとどのくらいで到着するの?」
と救済を求めるように長谷川に訊いた。
 長谷川は運転手に聞く。
 運転手は素っ気なく、
「この先の丘をすこし越えたところだ。あともう少し」
と乾いた声でぽつりと答えた。
 その丘はあっという間に越えた。しかしすぐには到着しなかった。
 東の空にはすでに夕闇の緞帳が降りかかっていた。濃紺に暗くなりかけた書割のような碧空に星々が明るさを得つつあった。
 ヘッドライトの光の束が次第に明るさを増していった。
 土岐は曲げっぱなしの膝にだるさを覚えた。尾てい骨が擦り切れたような痛みを持った。そうしただるさと痛みと相前後して空腹と尿意を覚えた。
 しだいに膀胱の膨満感は神経と感覚のすべてを支配し始めた。
「まだ着かないのか」
と土岐は呟く。膀胱の軽くうずくような痛みが車の振動の中で悪夢のように交錯した。
 やがて闇が車をすっぽりとおおい始めた。猖獗を極めた酷暑も日没とともに減衰して行った。群青色の空も暗褐色にやせた山も焦茶色の荒野も黒い帳の中に溶け込む。そして消えた。見えるのはヘッドライトの届く路上だけになった。生温い潜水艦の潜望鏡から地上をこっそり盗み見ているようだ。あせた山吹色の路面がインパネの計器類の下に猛然と吸い込まれて行く。
 突然、ヘッドライトの前方を黒くうごめく塊が横切った。闇に目を凝らす。集落に差し掛かった。低い平屋建ての家屋が道の両側に薄っすらと闇の中の墨絵のように並んでいた。一軒だけ裸電球の燈る飲食店がある。その薄暗い店の前に黒山の人だかりが見えた。
 一瞬ゲリラではないかと思って土岐の背筋から血の気が引いた。
@I kill you@のフレーズが脳裏をかすめた。
 集落の全員が車を振り返った。残りの家屋には窓からこぼれてくる照明がひとつもない。すべて暗闇の中に潜んでいた。
「農業試験場の所長には昨日電話してある。夕方過ぎに到着するんで、一泊させてくれと頼んである」
と長谷川が不意に話し出した。
「おまえはどうするんだ?」