アイキルユウ

と長谷川が運転手に告げた。スピードは落ちなかった。
「スピードを落とせ!もっとゆっくり走れ!」
と長谷川がストレートに大声で命じても従う気がない。
「陽が落ちると、武装ゲリラが出没するから」
と運転手は取り付く島がない。さらにスピードを上げた。
「ゲリラは、君たち一般庶民の味方ではないのか?」
と長谷川が穏やかな口調で訊いた。
「やつらはそう言ってはいるが、それは政権を取った後の話だ」
と積年の憎悪を込めた口ぶりた。運転手はそう吐き捨てる。
「今の状況だと政権を取れるかどうか怪しいし、政権を取ったあとも、内部抗争でどうなるかわかったものではない」
と口にすることさえも不愉快そうにあしざまに補足説明する。
「政権を取ろうとするやつらは二千年も前からそうやって民衆を騙し、圧迫してきたんだ。先進国の連中も同じだ」
と畳み掛ける。
 最初の出会いから運転手が見せていた反抗的な素振りの理由の一端がわかるような気がした。
 口調の昂揚とともに、アクセルの踏み込みも強くなった。
 姿勢を保つ筋肉に疲労を覚えてきた。仕方なく車の動きに体を任せた。不意に笑いがこみ上げて来た。押し殺していると腹筋に痛みが走った。脂汗が額に滲んだ。エアコンは装備されていなかった。暑さを感じるゆとりもなかった。
 長谷川はメールを打とうとしている。あまりの手ぶれで到底メールの打てる状態ではなかった。圏外のサインが点滅していた。
「ジャナイデスカ夫人へのメールか?」
と聞く土岐の声が振動で震えている。
「そうだ」
「あいかわらずだな」
「なにが?」
「女たらしさ」
「たらしているわけではない。これも業務の一部だ」
「趣味と実益を兼ねてか」
「まあな」
 土岐が所在無く窓外に目をやる。鍬を肩にした農夫の傍らをトップスピードで追い越した。振り返ると車の剣幕に憤然としている。路肩に退避した。土埃のヴェールの中で眼を剥きだしている。
 その土埃が車内に舞い込んだ。汗の滲んだ二の腕に薄っすらと付着し始めていた。
 運転手は相変わらずハンドルにしがみついている。夢の中の追っ手から逃れるように、ひたすらアクセルを踏み続ける。スピードをだし続けた。しかし、運転手の気迫はあえなくカラ回りしている。スピードメータの針は五十マイルも超えていなかった。
 土岐が訊く。
「一等書記官は感づいているのか?」