と長谷川が男の眼を見据える。行き先だけを伝えた。
「これから行くと、帰りは真夜中になる」
と男は口を尖らせる。慶子の足先から頭の上の帽子へ目線を移動させる。それを二往復させた。
男の高飛車な言いようから直感的に、
(ハイヤーを借り上げられるのは、そこだけだ)
と土岐は察知した。
「農業試験場へ行くバスは、どこから出ているのか?」
と長谷川は探りを入れるように尋ねる。
男は勝ち誇ったように、
「さっき、駅前から最終が出たばかりだ。途中で乗り換えれば行けないこともないが、終点で一泊して、二日がかりだ」
と不案内な旅行者から搾取しようとするその語尾に、
「うすのろまぬけ」
と付け加えたそうな用心深く抜け目のない侮蔑の顔付きをする。
「それじゃ仕方がない。ハイヤーをおねがいしたい」
とすぐ諦めて長谷川が下手に出る。
男は目を細めて顎を突き出した。
「いまから行くと、夜はゲリラが出るので、帰りが危険だ」
と料金を吊り上げる交渉に出てきた。
「今日と明日の二日間借り上げると、いくらになるか?」
と長谷川が訊く。
男は長い指を四本立てた。
「オゥケィ?」
と交渉を受け付ける様子がない。粗末な机をがたつかせて立ち上がった。
長谷川は慶子の顔を見ながら肩をすくめた。
「少し待ってください」
と人差し指を顔の前に立てる。男は事務所の奥に消えた。
二三分すると表口にあばたに塗装の剥げ落ちた黒い国産車が横付けにされた。
土岐は建物の角から奥の方に後ずさりした。そこから車のドアやバンパーの周りに白蟻が食い散らかしたような黄土色の錆があるのが見えた。
男が車の中から手招きしていた。
長谷川が後部座席の把手を引いた。開かなかった。引いた把手を強く引っ張る。軋みながらドアが少し垂れ下がって開いた。閉めるときには少し持ち上げ気味に引く必要があった。少し遊びがある。ぴったりとは閉まらない。
長谷川はガチャガチャやりながら、
「このドアはだいじょうぶか?走行途中で開かないか?」
と料金引き下げの材料にすることを念頭において訊く。
男から、
「だいじょうぶだ。いままでそういう事故は一度もない」
という答えが返ってきた。
長谷川が押しても開かなかった。半ドアのままになっている。
右の窓には硝子がなかった。左の窓には硝子はあった。半分閉まった状態。ぴくりとも動かなかった。
「これから行くと、帰りは真夜中になる」
と男は口を尖らせる。慶子の足先から頭の上の帽子へ目線を移動させる。それを二往復させた。
男の高飛車な言いようから直感的に、
(ハイヤーを借り上げられるのは、そこだけだ)
と土岐は察知した。
「農業試験場へ行くバスは、どこから出ているのか?」
と長谷川は探りを入れるように尋ねる。
男は勝ち誇ったように、
「さっき、駅前から最終が出たばかりだ。途中で乗り換えれば行けないこともないが、終点で一泊して、二日がかりだ」
と不案内な旅行者から搾取しようとするその語尾に、
「うすのろまぬけ」
と付け加えたそうな用心深く抜け目のない侮蔑の顔付きをする。
「それじゃ仕方がない。ハイヤーをおねがいしたい」
とすぐ諦めて長谷川が下手に出る。
男は目を細めて顎を突き出した。
「いまから行くと、夜はゲリラが出るので、帰りが危険だ」
と料金を吊り上げる交渉に出てきた。
「今日と明日の二日間借り上げると、いくらになるか?」
と長谷川が訊く。
男は長い指を四本立てた。
「オゥケィ?」
と交渉を受け付ける様子がない。粗末な机をがたつかせて立ち上がった。
長谷川は慶子の顔を見ながら肩をすくめた。
「少し待ってください」
と人差し指を顔の前に立てる。男は事務所の奥に消えた。
二三分すると表口にあばたに塗装の剥げ落ちた黒い国産車が横付けにされた。
土岐は建物の角から奥の方に後ずさりした。そこから車のドアやバンパーの周りに白蟻が食い散らかしたような黄土色の錆があるのが見えた。
男が車の中から手招きしていた。
長谷川が後部座席の把手を引いた。開かなかった。引いた把手を強く引っ張る。軋みながらドアが少し垂れ下がって開いた。閉めるときには少し持ち上げ気味に引く必要があった。少し遊びがある。ぴったりとは閉まらない。
長谷川はガチャガチャやりながら、
「このドアはだいじょうぶか?走行途中で開かないか?」
と料金引き下げの材料にすることを念頭において訊く。
男から、
「だいじょうぶだ。いままでそういう事故は一度もない」
という答えが返ってきた。
長谷川が押しても開かなかった。半ドアのままになっている。
右の窓には硝子がなかった。左の窓には硝子はあった。半分閉まった状態。ぴくりとも動かなかった。


