アイキルユウ

 長谷川の薄暗い目の前に慶子の二本の白い太腿が佇立していることを土岐は想像した。
 やがて長谷川の後頭部が慶子の両手のひらで抱え込まれた。長谷川のぼんの窪あたりに押し当てられた慶子の指に指圧のように力がこめられている。
「やさしく、口付けして」
という声が川のせせらぎに紛れて聞こえてきた。すぐそこから発せられているはずなのに、ひどく遠くからの声のように聞こえた。
 抱え込まれた手のひらの熱気に促されるように、薄いピンクのショーツに熱い息を吹きかけるように、長谷川が唇で肉片を摘み上げるように口づけしていることを土岐は想像した。
 深呼吸をするようなため息が長谷川の唇を通じて聞こえてくる。自らの呼気で暑苦しくなったのか、長谷川が勢いよく立ち上がった。慶子の帽子の幅広い鍔が長谷川の鼻先に当たった。フレアスカートが慶子の胸までまくれ上がった。
 長谷川は息苦しさから開放された。長谷川の目の前には晴れやかな慶子の微笑みが待っていた。その瞳の後ろには先刻の少年が目を丸くして佇んでいた。呆然としていた少年が我に返ったように同じ言葉を繰り返した。
「マニィ、マニィ」
と叫ぶ。手の指を足元にむけて反らす。白っぽい小さな手のひらだけを長谷川に向かって、差しだした。
 土岐が状況を理解するのに数秒を要した。
「こんなちんけな石像にカネが払えるか。馬鹿にするな!」
と長谷川は吐き捨てた。少年に慶子との醜態を見られたことに腹を立てた。
 二人はゆるやかな崖を足早に引き返した。
 土岐は反対側の木陰に身を隠した。
 少年は慶子の方を一瞥した。慌てて長谷川を追いかけてきた。少年は事務所の裏手に出ると踝を返した。スカートの裾をたくし上げて登ってくる慶子の往く手を遮った。
「マニィ、マニィ」
と叫び続けた。
 慶子は崖を登りきると、うるさいハエでも追い払うようにクリーム色のポシェットから小銭をだした。少年に与えた。少年は小銭を手にする。事務所の裏手のほうに小走りに消えていった。
 土岐は慶子の姿が事務所の方角に消えると、ゆっくり後を追って事務所の角に隠れた。事務所の方をこっそりと伺う。薄汚れたワイシャツの男が一人茫然と股を大きく広げて椅子に座っていた。
 男はまつわり付く幼児を手の甲で事務所の外に追い払った。
「これから、農業試験場に行きたいんだが」