一等車両の乗客は軍人一人になった。
長谷川は慶子と連れ立って、出札口で眠そうな駅員に尋ねている。土岐は遠巻きにして、靴紐を結び直した。
慶子は駅舎の中のトイレに向かった。
「ハイヤーを雇いたい」
と長谷川が言う。駅員は駅前通りの向こうを指差した。
駅前には食堂も三輪タクシーも四輪タクシーもなかった。人通りもなく、時折陽光の輻射を孕んだ熱風が黄土色の埃を巻き上げていた。
土岐は、長谷川に近づいた。
「僕はどうすればいいんだ?」
「彼女を送り返すから、もう少し、隠れていてくれ」
と長谷川に言われて、土岐は先に改札を出た。
しばらくして、慶子がやってきた。
土岐は出札の窓口から二人をうかがった。
「帰りの汽車は何時かしら?」
と慶子がホームの壁の上の時刻表を見上げている。
長谷川は出札の窓口の上の時刻表を見る。三時発の列車が確認できた。
「三時までどうします?」
と長谷川が聞く。
「付き合ってくださる?」
「そうですね、こんな寂しい駅にお一人でおいとくわけにもいかないでしょう」
「なんであなたはそういう言い方をするの?」
「そういう言い方って?」
「他人行儀な。ここにはわたしたちのほかには、だれもいないのよ」
と言う慶子に、
「ここにもう一人いる」
と土岐はいいかけて、やめた。
長谷川が時刻表を見上げながら言う。
「あなたは針の先ほどの言葉でも巨木ほどに増幅して解釈する能力がある。テニスに興じているときに喉が渇いたり空腹になったり疲労困憊して言いそびれているときは、その能力はありがたいけど、心の中のわずかな言い難い襞を言葉に込めたときは、正直困るときもある。あたなが感じ取るほどに、言ってる本人の想念は、大仰でないことが多いんです」
「あなたは、どきどき、訳のわからないことを言うのね。それがまた、魅力でもあるんだけど」
と言いながら慶子は長谷川の背中を撫でる。
長谷川は慶子と連れ立って、出札口で眠そうな駅員に尋ねている。土岐は遠巻きにして、靴紐を結び直した。
慶子は駅舎の中のトイレに向かった。
「ハイヤーを雇いたい」
と長谷川が言う。駅員は駅前通りの向こうを指差した。
駅前には食堂も三輪タクシーも四輪タクシーもなかった。人通りもなく、時折陽光の輻射を孕んだ熱風が黄土色の埃を巻き上げていた。
土岐は、長谷川に近づいた。
「僕はどうすればいいんだ?」
「彼女を送り返すから、もう少し、隠れていてくれ」
と長谷川に言われて、土岐は先に改札を出た。
しばらくして、慶子がやってきた。
土岐は出札の窓口から二人をうかがった。
「帰りの汽車は何時かしら?」
と慶子がホームの壁の上の時刻表を見上げている。
長谷川は出札の窓口の上の時刻表を見る。三時発の列車が確認できた。
「三時までどうします?」
と長谷川が聞く。
「付き合ってくださる?」
「そうですね、こんな寂しい駅にお一人でおいとくわけにもいかないでしょう」
「なんであなたはそういう言い方をするの?」
「そういう言い方って?」
「他人行儀な。ここにはわたしたちのほかには、だれもいないのよ」
と言う慶子に、
「ここにもう一人いる」
と土岐はいいかけて、やめた。
長谷川が時刻表を見上げながら言う。
「あなたは針の先ほどの言葉でも巨木ほどに増幅して解釈する能力がある。テニスに興じているときに喉が渇いたり空腹になったり疲労困憊して言いそびれているときは、その能力はありがたいけど、心の中のわずかな言い難い襞を言葉に込めたときは、正直困るときもある。あたなが感じ取るほどに、言ってる本人の想念は、大仰でないことが多いんです」
「あなたは、どきどき、訳のわからないことを言うのね。それがまた、魅力でもあるんだけど」
と言いながら慶子は長谷川の背中を撫でる。


