「貴方は大丈夫。加藤に言うような人ではないわ」
「どうして、そう思うんです?」
「どうしてって、加藤に言えるわけがないでしょ。言ってしまったら、援助がらみのお仕事がなくなるのじゃなくって」
「それもまた打算ですね。計算高いというか。たぶん、人倫というのは、そういう打算を超えたところにあるんでしょうね。偉そうなことは言えませんが」
「ということは、私たちの関係は人倫にもとるということかしら」
「ことかしら、じゃなくって、ことだ、と断定すべきでしょうね」
慶子は少し溜息を洩らして黙った。
列車はまだ止まっている。
土岐が窓から首をだした。進行方向を見る。先頭に機関車がもう一両連結されていた。コツンと軽い衝撃があった。一時間近く停車して何事もなかったかのように動きだした。走りだして車窓から風が入ってきた。体の暑い緊張が少しずつほぐされて行く。徐々に体表温度の低下して行くのがわかった。呼吸が楽になった。息をつけた。熱気で張り詰めた筋肉の腱が一本ずつほぐされて緩んでいくようだ。
気持ちよさそうに微笑む声を漏らす慶子のフレアスカートの裾が風に弄ばれていた。
しばらくして列車がいきなり急勾配を登り始めた。ディーゼル機関車がゼイゼイと息を切らしている。
土岐の視界が開ける。前方に湖畔がすべて見渡せるほどの大きさの湖が見えてきた。湖面の中ほどに毬藻のようなこんもりとした島がある。そこへ極彩色のおもちゃのような遊覧船がむかっていた。長谷川の説明が聞こえてきた。
「あの島には二千年前に大乗仏教哲学の体系をまとめた高僧を祀った社があるんです。イスラム教の侵攻後は、廃墟になっていて、ダム湖ができる前は、小高い丘の頂だったはずです。近年、観光資源として整備されたんですが、麓から登る参道の石仏遺跡をすべて頂に乱雑に積み上げたため、社殿の周りは足の踏み場もないほどなんです。二年前に参拝したことがあるんですが、もう一度拝殿しようという気にはならない」
観光船の消えかかった航跡を逆にたどると湖の縁に灰色の長細いダムサイトが見えた。
列車はダムパワーハウスの傍らを緩慢に通過する。しばらく運河に沿って下る。それから更に一時間ほどしてヒジノローマに到着した。
先頭の機関車はフォームからはみだしていた。
昇降客は数えるほどだった。
二時を少し回っていた。
「どうして、そう思うんです?」
「どうしてって、加藤に言えるわけがないでしょ。言ってしまったら、援助がらみのお仕事がなくなるのじゃなくって」
「それもまた打算ですね。計算高いというか。たぶん、人倫というのは、そういう打算を超えたところにあるんでしょうね。偉そうなことは言えませんが」
「ということは、私たちの関係は人倫にもとるということかしら」
「ことかしら、じゃなくって、ことだ、と断定すべきでしょうね」
慶子は少し溜息を洩らして黙った。
列車はまだ止まっている。
土岐が窓から首をだした。進行方向を見る。先頭に機関車がもう一両連結されていた。コツンと軽い衝撃があった。一時間近く停車して何事もなかったかのように動きだした。走りだして車窓から風が入ってきた。体の暑い緊張が少しずつほぐされて行く。徐々に体表温度の低下して行くのがわかった。呼吸が楽になった。息をつけた。熱気で張り詰めた筋肉の腱が一本ずつほぐされて緩んでいくようだ。
気持ちよさそうに微笑む声を漏らす慶子のフレアスカートの裾が風に弄ばれていた。
しばらくして列車がいきなり急勾配を登り始めた。ディーゼル機関車がゼイゼイと息を切らしている。
土岐の視界が開ける。前方に湖畔がすべて見渡せるほどの大きさの湖が見えてきた。湖面の中ほどに毬藻のようなこんもりとした島がある。そこへ極彩色のおもちゃのような遊覧船がむかっていた。長谷川の説明が聞こえてきた。
「あの島には二千年前に大乗仏教哲学の体系をまとめた高僧を祀った社があるんです。イスラム教の侵攻後は、廃墟になっていて、ダム湖ができる前は、小高い丘の頂だったはずです。近年、観光資源として整備されたんですが、麓から登る参道の石仏遺跡をすべて頂に乱雑に積み上げたため、社殿の周りは足の踏み場もないほどなんです。二年前に参拝したことがあるんですが、もう一度拝殿しようという気にはならない」
観光船の消えかかった航跡を逆にたどると湖の縁に灰色の長細いダムサイトが見えた。
列車はダムパワーハウスの傍らを緩慢に通過する。しばらく運河に沿って下る。それから更に一時間ほどしてヒジノローマに到着した。
先頭の機関車はフォームからはみだしていた。
昇降客は数えるほどだった。
二時を少し回っていた。


