空気が澱んでいるのと日差しが強くなったせいで、車内は耐えがたい暑さと湿度になっていた。土岐の額にも薄っすらと滲むような汗が浮かんでいた。暑気に喉を絞められる。窒息しそうな気がした。
窓から顔を出す。線路や鋼鉄の車体から立ち上る熱気に焙られた。午前中は滲む程度だった汗が滴になってゆるやかに流れ始めた。額、眼窩、鼻の下、顎、首筋、襟の順にハンカチで拭う。腹立たしくなるほど汗は止まらなかった。
軍人は汗を拭うでもなく、泰然と足を組んでいる。膝の上に粗悪な紙の雑誌を広げていた。こめかみに薄っすらと綺羅のような汗が滲んでいた。軍服の襟ボタンは外していた。軍帽は浅く被ったままだ。
「それに、愛されているという実感がないの。『チャタレー夫人の恋人』じゃないけれど、貴方に抱かれてはじめて、愛情と性欲は別物ということがわかったような気がするの。学生の頃、仲の悪い夫婦の間に、なんで子供が生まれるんだろうって不思議だったけど」
土岐のハンカチは汗が染み込んでいた。拭いても汗を吸収しなくなっていた。
慶子はポシェットから二枚目のハンカチを取りだしていた。それを斜め右に片眼で見る。土岐は前の座席のショルダーバッグを取り上げる。タオルを探したが見当たらなかった。記憶を順に遡る。ホテルのベッドの上に忘れてきたことを思いだした。すでに体中の毛穴が開き切っている。下着が肌にべっとりと密着していた。汗のナメクジが背中に、ミミズが腰の周りにうごめいていた。サウナに入っているのだと思い込もうとした。サウナにしては温度も湿度もはるかに低い。だが、ここから抜け出せないという閉塞感で、しのぎ易さを錯覚することはできなかった。
座席の背もたれに二の腕が触れる。自分のねっとりとした汗を感じる。即座に離さざるを得なかった。
「結婚して、貞操観念が変わったわ。結婚する前は、倫理的にという意味ではなくて、それに見合う相手で、しかもそれに見合う見返りがなければ、貞操を差し出せないという想いだったの。よく考えてみると、かなり打算的ね」
「結婚してどう変わったんですか?」
「この国にくるまで、タイプの男で言い寄る人が居なかったので、とくに考えることもなかったけれど、加藤に知られて、それが理由で離婚するときの慰謝料と貞操が天秤に掛かるような感じ」
「それもまた打算ですね。こうしていて大丈夫なんですか?」
窓から顔を出す。線路や鋼鉄の車体から立ち上る熱気に焙られた。午前中は滲む程度だった汗が滴になってゆるやかに流れ始めた。額、眼窩、鼻の下、顎、首筋、襟の順にハンカチで拭う。腹立たしくなるほど汗は止まらなかった。
軍人は汗を拭うでもなく、泰然と足を組んでいる。膝の上に粗悪な紙の雑誌を広げていた。こめかみに薄っすらと綺羅のような汗が滲んでいた。軍服の襟ボタンは外していた。軍帽は浅く被ったままだ。
「それに、愛されているという実感がないの。『チャタレー夫人の恋人』じゃないけれど、貴方に抱かれてはじめて、愛情と性欲は別物ということがわかったような気がするの。学生の頃、仲の悪い夫婦の間に、なんで子供が生まれるんだろうって不思議だったけど」
土岐のハンカチは汗が染み込んでいた。拭いても汗を吸収しなくなっていた。
慶子はポシェットから二枚目のハンカチを取りだしていた。それを斜め右に片眼で見る。土岐は前の座席のショルダーバッグを取り上げる。タオルを探したが見当たらなかった。記憶を順に遡る。ホテルのベッドの上に忘れてきたことを思いだした。すでに体中の毛穴が開き切っている。下着が肌にべっとりと密着していた。汗のナメクジが背中に、ミミズが腰の周りにうごめいていた。サウナに入っているのだと思い込もうとした。サウナにしては温度も湿度もはるかに低い。だが、ここから抜け出せないという閉塞感で、しのぎ易さを錯覚することはできなかった。
座席の背もたれに二の腕が触れる。自分のねっとりとした汗を感じる。即座に離さざるを得なかった。
「結婚して、貞操観念が変わったわ。結婚する前は、倫理的にという意味ではなくて、それに見合う相手で、しかもそれに見合う見返りがなければ、貞操を差し出せないという想いだったの。よく考えてみると、かなり打算的ね」
「結婚してどう変わったんですか?」
「この国にくるまで、タイプの男で言い寄る人が居なかったので、とくに考えることもなかったけれど、加藤に知られて、それが理由で離婚するときの慰謝料と貞操が天秤に掛かるような感じ」
「それもまた打算ですね。こうしていて大丈夫なんですか?」


