アイキルユウ

 土岐は仕方なく始発駅で購求したガムを口に放り込んだ。ひどく甘ったるい。砂糖の粒が上顎に当たった。空腹が多少和らいだ。
 長谷川が戻って来た。立ったままポケットから取り出したガムの包装を解く。慶子の顔のあたりに板ガムを差し出している。
「ガムかしら」
と慶子が推測するように気だるげに言う。眼を閉じている。
 列車が動き始めた。
 その駅から五分ぐらいして列車は突然停止した。
 慶子の上体が、通路側に滑り落ちそうになった。
 予定通りであればあと一時間ほどで乗り換え駅に到着する地点だった。
 土岐が窓から前方を見る。乗務員らしい男が二人でディーゼル機関車の下を覗き込んでいた。
 慶子も立ち上がって、反対側の窓の外に視線を送っている。
 十分経っても車内放送はなかった。そもそも放送設備そのものがないのかも知れない。始発駅を出発してから一度も車内放送はなかった。
 停車してから三十分経った。
 軍人は右手の親指の爪を噛みながら悠然と薄っぺらな雑誌を読んでいる。指を舐めながら、頁を捲っていた。時折、思いだしたように反対側の窓の外に首をだして眩しそうに辺りを見回す。不意の停車がまったく気にならないようだ。傍らを車掌が通り過ぎたときも何も声を掛けなかった。
 長谷川が立ちあがった。土岐とななめに眼が合った。長谷川は背もたれの裏の軍人の動作を、不潔なものを見るような視線で一瞥した。
 しばらくして、線路に子供たちが七八人やって来た。男の子は筒袖の上着に短めのズボン。女の子は脇の下や腰の辺りに大きな穴の開いた引き摺りそうな無地のワンピース。彼らは車両の下を覗き込んだり、乗客をもの珍しそうに見上げたりしていた。土岐を見ていた男の子の一人が外国人であることに気づいた。
 土岐が視線を送り返す。半分笑い、半分泣きだしそうな顔をする。隣の男の子の脇腹を肘で突っついた。敵か味方か、判断つきかねるという様子だ。
 土岐はガムを一枚投げてやった。男の子はそれを拾い上げると仲間に声を掛けた。これみよがしにみせびらかした。彼らは一斉に土岐を見上げた。ほんのひととき見詰め合う。土岐は残りの三枚を同時に投げ与えた。彼らは奇声を発し、奪い合った。
 ガムを取れなかった子が土岐を見上げた。
 土岐は両方の手のひらを広げて見せた。それを確認すると女の子は嬌声を上げた。男の子は何かを叫びながら走り去った。