アイキルユウ

「この工場サイトで生産された尿素肥料の一部が、いまむかっている農業試験場に無償で流れているはずです」
と長谷川が話題をそらすように慶子に説明している。
「このプロジェクト実現の際の最大のネックは環境問題だったんです。この工場で尿素肥料のみならず、燐酸、硫酸、二燐安の生産も行われることを観光・環境大臣が問題にしたんです。完成が遅れて、建設コストが五割り増しになって。結局この大臣には巨額の賄賂を支払うことになったんです。贈賄工作の過程で背後でこの大臣を操っていたのが、我が国の同業他社であることを突き止めたときには、さすがに愕然としました」
と得意げに、
「他社はこのプラントの完成で、尿素肥料の輸出市場を喪失することになるんです。考えてみるまでもなく、何もしないで傍観している方が商社としてはおかしい。世界中で殺人を除く悪行の限りを尽くしている者同士として奇妙な連帯感があって、口銭の何割かを贈賄工作に費消したんですが、敵対するその商社を憎む感情は湧いてこなかった。われわれの仕事が最もやりにくいのはカネで動かない政治家が支配している国なんです。この国も、そして我が国もマークアップ率さえ気にしなければ、仕事はやりやすい。ホイホイとカネでいかようにでも動く存在の軽い政治家ばかりだから。このときの同業他社の商社マンが、執念深く、I kill youと送信してくる可能性は大いにある」
 最後のフレーズは土岐に対して語っているように思えた。
「なに?その『愛』『切る』『優』って?」
と慶子が聞く。その質問に不自然さがない。
「いたずらメールです」
と長谷川が答える。
 十時を過ぎたころ、列車は海岸線を離れた。内陸に入って行った。国道は陸橋の下を潜り線路の反対側を並走する。窓外には白茶けた潅木と荒れ放題の雑木林が続いていた。所々に猩々椰子に囲まれた泥沼のような湿地があった。手入れの悪いサトウキビ畑が背の高い雑草のように鬱然と点在していた。