「とっても貧しい土地柄で、選挙民は僅かなお金でみんな買収されるのよ。だから、戸票を買うのは、実家では当然のことで、買わなければ誰だって当選しない。賄賂を貰って土建業者に便宜を図らなかったのが、良かったのか、悪かったのか。闇献金を貰っていれば、倒産することもなかでしょうに。でも、貰っていれば選挙民の同情は買えなかったでしょうね。土建屋からお金を貰っていなかったから、地元では高潔な政治家ということになっているけれど、高潔な政治家が票を買うかしら」
「そうですか、大変だったんですね」
「私は父に贅沢をさせて貰ったので。ピアノも買ってもらったし、ハンサムな家庭教師もつけてもらったし、東京の大学に行かせて貰って、豪華なマンションを借りてもらったし。だから傍にいてあげたかったんですけど夫婦だから付いて来ない訳にはいかないし」
「それはそうでしょう、結婚したら別所帯ですから」
「それがそうじゃないのよ。彼は父を利用することを考えていたのよ。次の選挙で、父は国会議員に立候補する予定だったから。彼は官僚として、父のような政治家の後ろ盾が欲しかったのよ。私は私で、親類縁者にない職種、外務官僚、高級官僚を夫に欲しかったの。私の親族には、医者もいるし、弁護士もいるし、大学教授もいるし、一部上場企業の重役もいるし、父は地方政治家だし、でも高級官僚だけがいなかったの。肩書きコレクターみたいね。今考えると馬鹿みたい。そんなもので、幸せになるわけがないのに」
と慶子はほどよく感情を抑え、他人事のように淡々と話す。発声のトレーニングを受けたアナウンサーのように、正しい発音で澱みのない語り口だ。声を聞いているだけでほのかな欲情が土岐の体の中に蓄積されていく。
平坦な海岸線に何の脈絡もなく、尿素肥料プラントが忽然と出現した。機械仕掛けの大蛇と極太のミミズが数千匹蝟集し、錫メッキで固められたようなパイプの塊が焼け付くような陽光に燦然と輝いて屹立している。隣に海坊主のようなナフサとアンモニアの貯蔵タンクがそびえ立っていた。周囲の無作為の自然とのあまりの不調和に月か火星にありそうなSFの宇宙基地か性悪なエイリアンロボットの内臓のように見えた。看板に日本で見なれた大企業のロゴがある。まるで消し去り難い強欲という罪業の痕跡のようにグロテスクだ。
「そうですか、大変だったんですね」
「私は父に贅沢をさせて貰ったので。ピアノも買ってもらったし、ハンサムな家庭教師もつけてもらったし、東京の大学に行かせて貰って、豪華なマンションを借りてもらったし。だから傍にいてあげたかったんですけど夫婦だから付いて来ない訳にはいかないし」
「それはそうでしょう、結婚したら別所帯ですから」
「それがそうじゃないのよ。彼は父を利用することを考えていたのよ。次の選挙で、父は国会議員に立候補する予定だったから。彼は官僚として、父のような政治家の後ろ盾が欲しかったのよ。私は私で、親類縁者にない職種、外務官僚、高級官僚を夫に欲しかったの。私の親族には、医者もいるし、弁護士もいるし、大学教授もいるし、一部上場企業の重役もいるし、父は地方政治家だし、でも高級官僚だけがいなかったの。肩書きコレクターみたいね。今考えると馬鹿みたい。そんなもので、幸せになるわけがないのに」
と慶子はほどよく感情を抑え、他人事のように淡々と話す。発声のトレーニングを受けたアナウンサーのように、正しい発音で澱みのない語り口だ。声を聞いているだけでほのかな欲情が土岐の体の中に蓄積されていく。
平坦な海岸線に何の脈絡もなく、尿素肥料プラントが忽然と出現した。機械仕掛けの大蛇と極太のミミズが数千匹蝟集し、錫メッキで固められたようなパイプの塊が焼け付くような陽光に燦然と輝いて屹立している。隣に海坊主のようなナフサとアンモニアの貯蔵タンクがそびえ立っていた。周囲の無作為の自然とのあまりの不調和に月か火星にありそうなSFの宇宙基地か性悪なエイリアンロボットの内臓のように見えた。看板に日本で見なれた大企業のロゴがある。まるで消し去り難い強欲という罪業の痕跡のようにグロテスクだ。


