「たしかに弁護士には警察の捜査権がないから真田の無実を証明するのは大変だろうけど、弁護士会照会を使えば事件当日ドラッグストアで白いマスクを買う平尾の画像は入手できる。あるいは上野地下街や浅草駅の監視カメラの画像から事件前にカメラの位置を確かめてる梨本か、その母親か、平尾か、不審な人物の画像を証拠として入手できるんじゃないですか。さらには傍証として治験で梨本が治験ボランティアの連続治験や重複治験の不正を行っていたことも明らかにする。保険診療の不正請求は簡単に調べられるでしょ」
「面倒ではあるができないことはない。問題は真田が現在置かれている状況にひどく満足していることだ。宿の心配もないし、三食の心配もない。娑婆にいるときは真田は毎日、宿と食い物の心配をしなければならなかった。野良猫のような生活をしていた。その心配が今はない。真田は今は平穏な精神状態にある。しかしカネは全くない。この事務所で自腹を切って真田の無罪を勝ち取って、放免の上、娑婆に戻したとしても、また同じ生活が待っている。かかった経費は真田に請求するが払えるとは思えない。おまえの調査事務所で雇うか?」
「ご冗談を。ただでさえ自転車操業なのに、・・・」
「おまえの仮説はまだまだ検証が必要だ。梨本とその母親、それに平尾の人間関係がまだよくわからない。殺害の動機が本当に治験の不正と保険診療の不正請求の隠ぺいだけなのか。梨本のアリバイも電話確認だけだ。真田のアリバイも、いまいちはっきりしない。防犯カメラの画像が本当に今田だったのか、まだ確証はない。しかし、今は時間もカネも足りない。どうだ。こうしないか。とりあえず、一審は検察のシナリオをひっくり返す証拠を探し出すことは見送る。証拠もないのに推測だけで裁判を引き延ばすことはできないから、成り行きで、結審を迎えることにする。おそらく有罪になるので、上告する。その間、面倒な話だが、おまえの言う弁護士会照会を使って、時間にゆとりのある時に証拠集めをする。証拠の集まり具合で、お前を通じて、真田の冤罪をマスコミにリークする。それに、二審に持ち込めれば、それなりに報酬が出る。マスコミが食いついてくれたら、ここの事務所の宣伝費として、お前に調査費を奮発する。どうだ?」と宇多は土岐の表情をうかがう。