「母親は昨年暮れ、隅田公園のバス停近くに空きビルのあるのを探し出した。1階エレベータ脇の窓を開錠しておけば玄関が施錠されていても外から侵入できるのを確認し、平尾にそのことを伝えた。平尾は犯行前に真田にボウガンを試し打ちさせるそのビルを下見に行った。そのとき1階のエレベータ脇の窓の錠を開錠した。それを梨本の母親に伝え、母親は犯行当日、1階の窓から空きビルの内部に侵入し、2階の長細い部屋にボウガンの的を設置し、1階内部から玄関の錠を開け、玄関の外で真田の来るのを待ち受けた。偶然不動産屋が来た場合は計画は中止にするつもりだった。真田に試し打ちさせたあと日当とスポーツ用品代を支払い、玄関の錠を内からかけ、エレベータ脇の窓から外に出てクロスボウと矢を持ってスポーツセンターに向かった。事務棟から男子トイレに向かい、男子トイレからトラックに抜けると今田が平尾に覆いかぶさってた。興奮状態にあった今田は至近距離の背後でクロスボウの矢を心臓めがけて射ようとしてた母親に気づかなかった。平尾も気づかせなかった。矢は正確に今田の心臓に突き刺さった。最後に矢を押し込んで、とどめを刺した。平尾と母親はどちらかが見張り役になって隅田川の土手の草むらにクロスボウを隠した。土手の通りからは見えないが捜索すればすぐ見つかる場所だ」と土岐は話し終えて、ひと息ついた。
「弁護士は裁判で真実を明らかにする義務がある。同時に依頼人の利益を最大限弁護する義務もある。両方の義務が相反する場合は真実を明らかにする義務を優先しなければならない。その結果、依頼人の利益は損なわれることになる。しかし真実は明らかにならない限り、真実として存在しない。もし、おまえの推理が真実に近いとしたら、それを証明するために膨大な時間と莫大な費用が掛かる。それを一体誰が負担するんだ?」