「そうだと思うが、梨本が書いた絵図を手にして今田が行動したとは考えられない。例えば、9時過ぎにネット喫茶を出てくる真田と同じ格好をして地下鉄に乗れ、という指示を文書に書いて今田に渡したとしても、今田は真田がスポーツサングラスとスポーツマスクを着けていないことに気づかないかもしれないし、気づいたとしてスポーツサングラスとスポーツマスクを外さないかもしれない。そうなれば、ネット喫茶の受付のバイトの目撃証言と食い違いがでてくるから監視カメラの画像が重要な証拠とはならなくなる。だから、地下鉄で移動する今田の傍らに細かい指示をする誰かがいなきゃならない」
「・・・それは、・・・梨本の母親か?」
「いや、梨本の母親は隅田公園のバス停近くの空きビルで、2階にボウガンの的をセッティングして、玄関で真田を待ってた。今田の傍らで細かい指示を出してたのは治験コーディネーターの平尾という女だ。今田が治験ボランティアをしてた時、もっとも密接に今田に治験の指示を出してたのは平尾だ。今田の採血をしたのは看護師だった梨本の母親で、今田に問診をしたのは院長の梨本だが、その傍らには常に平尾が治験コーディネーターとして付き添っていた。事件当日、真田がスポーツサングラスをせず、風邪用の白いマスクをしてるのを見た平尾は今田からスポーツサングラスとスポーツマスクを受け取り、上野駅前のドラッグストアで風邪用の白いマスクを買い、今田にそのマスクをかけさせ、最初に上野地下街の監視カメラによく映る立ち位置を指示した。だから、1月17日の9時20分ごろ、アメヤ横町のドラッグストアの防犯カメラに平尾が映ってるはずだ」
「であれば今田の画像の前後にその女が映っている?」と宇多は少し身を乗り出した。
「平尾はカメラの位置を知ってるんで、おそらく巧みにカメラの視界を避けてるかもしれない。それよりも、犯行日の前、おそらくクリニックが休診日の1週間前の木曜か日曜、カメラのレンズの位置と方向を確認してる平尾の画像が7か所の防犯カメラにあるはずだ」
「そうやって平尾という女は今田に指示をして犯行現場に誘導した。それからどうした?」