「・・・『気がするというのは確かじゃない、ということだろう』、と言われました」
「それで、なんと答えたんですか」
「・・・『そうです』、と答えました。・・・それから、『スポーツセンターを利用する人間は隅田公園で降りるじゃないか。そういう人間はジャージーを着ていたり、野球帽をかぶっていたり、運動用具を持っていたりしていることが多いんじゃないか』とも言っていました」
「それには、どう答えたんですか」
「・・・『そうです』と答えました」と言う土橋から目線を逸らして土岐は軽く舌打ちした。
「都バスの防犯カメラの画像は、チェックしなかったんですか?」
「右のミラーの上と左のミラーの上とフロントガラスの下にカメラがあるんですが、これは事故を記録するのが目的で、あと車内の料金箱を撮影するために乗車口の真上にあります。このカメラの画像をチェックしたんですが、上書きされていて、確認はできませんでした」
「その後、警察から問い合わせありました?」
「・・・いいえ。ないです」
「さっきの、『見たような気がする』とゆう理由はなんですか?」
「始発の場合、前後の交通や時間に気を配る必要がないので、乗客に神経がゆきます。ほとんどはボーッとしていることが多いんですが、他のバス停よりは乗車客に注意が向きます。始発以外のバス停では早く右折のウインカーを出したいので、後方の交通に注意が行きます」
「隅田公園のバス停は、どうでした?」
「・・・どうといいますと?」
「ピューマのグレーの上下のジャージーを着て、濃紺のニューヨークヤンキースの野球帽をかぶり、白いマスクをかけ、肩から緑色の袋を下げてた男に記憶はありませんか?」
「降車口はバスの中央なんで、ドアをしめなければならないんで、おり切ったかどうかの確認はしますが、それに最近インバウンドの乗客が、浅草から乗車してスカイツリーまで利用するのが増えて、降車口あたりが見づらくなっています。昔は、利用客が少なくて、隅田公園で降りる客がラケットを持っていると、テニスでもするんだな、と気付いたもんですが」
「男に気付かなかった、ということですか?」
「その時であれ、最近であれ、突飛な格好でもしていれば別ですが、全く記憶にないですね」と土橋は目をテーブルの上に落としたまま言う。それだけを聞くと土岐は九段に向かった。