窓の外の人通りはまばらだった。駅前の通りとは思えない。やがて、先刻待合室の長椅子に座っていた労務者風の男たちが、一人二人と三々五々通りに出てきた。駅の方向ではなく泪橋のほうに向かって歩いて行った。最後の五人目の男が出てから、しばらくして六時になった。二階の窓から明かりが消え、三階に明かりがぼんやりともった。さらに十分ほどして若い大柄な女事務員が淡いブルーのデニムジャケットで出てきた。医療関係者には見えない。どこにでもいるような普通のOL風だ。土岐は喫茶店小塚原のレジに代金を置き、そのまま駅前に向かった。女は定期券を自動改札にかざしているところだった。土岐はスイカを手にして女を追った。女は常磐線のプラットフォームに上って行った。ちょうど三河島方向から電車が入ってきた。電車の重い騒音が階段に響く。女は小走りに階段を駆け上がる。土岐は一段おきに駆け上る。到着とともにドアが開き、女が乗り込む。降車する乗客はほとんどいない。車内はすでに満員だ。土岐は女の真後ろから体を密着させて電車に飛び乗った。女の背中の曲線が土岐の胸に吸い付く。女の髪が土岐の鼻先をかすめる。百六十五センチぐらいありそうだ。土岐は体をそらせて隙間を作った。
「千寿南クリニックの方ですよね」と言う土岐の言葉に、女の頭が鋭く反応した。振り向こうとする。肩越しに土岐を見ようとするが、首も体も十分に回らない。
「・・・どなたですか?」と聞くのがやっとだ。
「先ほど、受付を断られた者です」
「・・・ああ」と言ったなり、女は沈黙する。
「どちらまでですか」と土岐は丁重な声音で聞く。
「・・・柏です」
「申し訳ないですが、次の北千住で、5分ばかり、お話を聞けないしょうか?」
 女は答えない。周囲の通勤客が土岐との会話に耳をそばだてていることを意識している。北千住についた。東武線と千代田線乗り換えの乗客の圧力で二人ともホームに押し出された。
「よろしいしょうか?」と土岐は上目遣いに頭を下げる。
 数人の通勤客が迷惑そうに二人を一瞥して乗換ホームに小走りに歩いてゆく。
「・・・どういうことですか?」と女が言い終えないうちにドアが閉まった。