五時を回っていた。男と別れて、喫茶店を出てから駅に向かった。三分ほど歩いた。南千住駅前で千寿南クリニックを探した。駅前の電信柱に看板があった。看板の案内に従って、千住大橋方向に少し歩くと、すすけた工場の高いコンクリート塀の間に、その医院はあった。クリーム色のモルタル三階建てで、玄関が民家のドアのようになっていた。内部が見えない。診療時間の看板がなければ医院と気づかない。診療科目は内科、循環器科、呼吸器科、リウマチ科で、診療時間は木曜日を除く平日の午前十時から午後一時と午後三時から午後六時までと土曜日の午前十時から午後一時までとなっている。院長は梨本和正とある。
 土岐はドアを押して中をのぞいた。玄関ドアの奥にもう一つドア。右手にかろうじてすれ違えそうな階段があった。ちょうど、頑健そうな中年の男が二階から降りてきた。土岐を怪訝そうな目で一瞥すると、奥のドアを引いて中に入っていった。その後ろを眉間に深いしわのある老看護婦が続く。老女にしては大柄だ。一坪ほどの狭い空間ですれ違った。
 奥のドアの中は受付と待合室。病人らしくない風体のよくない男が五人、二本の長椅子に腰かけて壁に掛けられた液晶テレビを見上げていた。音声がない。受付カウンターの向こう側には女が二人。お互いに相手の体形を際立たせていた。一人は若い医療事務員で、白衣を着て、パソコンから領収証を打ち出していた。顔の大きな女だ。小太りに見える。もう一人は書類のようなものを整理している。大柄で顔の小さな女だ。痩身に見える。じっくり見ると童顔だ。その女事務員が老看護婦の後ろから待合室を覗き込んでいる土岐に気付いた。
「・・・すいません。診療の受付は五時までなんですが、・・・」
「そうですか。そとの看板では診療時間は午後6時までとなってたんで」と言いながら土岐は外に出た。それから駅前の鄙びた喫茶店小塚原にはいり、観音開きの木枠の窓から、千寿南クリニックの前の通りが見渡せる席に座った。とりあえず、ホットコーヒーを注文し、ちびちび飲むことにした。すぐに出てきた伝票の金額に、釣りのないように小銭を用意した。