「立ちんぼは、冬は、つらいのよ。日の出前から、そこのバス停近くに並んでさ。手配師のトラックが、来るのを待つのよ。日も出てないから、真っ暗で寒いったらありゃしない。風でもふきゃ、またぐらのソーセージとボールが、ちぢみあがるのよ。それが、おととしの冬から、お日様が出てから、健康診断を受ける仕事でさ。薬飲んで、一回三千円から一万円ももらえる。看護婦がヘマすると、二回も三回も血ぬかれて、痛い思いするけど、日雇いのきつい土方仕事にくらべりゃ、天国よ。去年一年、やつが立ちんぼをやってるところ見たことない。やつが死んでから、めっきり血抜きの仕事が減って、注射あとが消えるようになった。いっときは、毎週血抜かれてたから、針のあとが消えなくって、道でお巡りに出くわすと、ヤクやってるのと間違われるんじゃないかって、ひやひやでさ」
土岐は男が突き出した左腕の注射痕を注視した。皮膚が盛り上がり、ひきつっている。
「・・・どこで、血を抜かれたんですか?」
「・・・駅前の、千寿南クリニック・・・」
「どうやって、仕事をまわしてたんですか?」
「・・・若くて元気な奴にはあまり声をかけなかったな。最初は健康診断を受けないかって声かけてきて、・・・受けるだけで、時給千円ぐらいもらえた。健康診断に合格して、血を抜かれて、薬を飲むようになると、半日で一万円ぐらいもらえた。おれも腰痛があるから、ありがたい仕事だった。やつはだいぶカネをため込んでいて、敷金、礼金、前家賃がたまったから、もうすぐちゃんとしたアパートに引っ越すと言ってた」
「・・・今田さんの身長と体重、・・・どれくらいか分かります?」
「おれよりちょっと大きめだから百七十近くあったかも。体重は、あんま太ってなかったから七十キロはなかったんじゃないかな」と言いながら男がコーヒーカップの底を覗き込んだ。男のコーヒーがなくなっていた。男はカップの底の残滓を音を立てて吸い出している。
土岐はこわばった茶のビニールシートから腰を上げた。礼の会釈をして伝票をわしづかむとレジに向かった。九段下あたりのコーヒーの半額ほどだった。会計を済ませながら店員に千寿南クリニックの所在を尋ねた。要を得ない。駅の近くとしかわからない。
土岐は男が突き出した左腕の注射痕を注視した。皮膚が盛り上がり、ひきつっている。
「・・・どこで、血を抜かれたんですか?」
「・・・駅前の、千寿南クリニック・・・」
「どうやって、仕事をまわしてたんですか?」
「・・・若くて元気な奴にはあまり声をかけなかったな。最初は健康診断を受けないかって声かけてきて、・・・受けるだけで、時給千円ぐらいもらえた。健康診断に合格して、血を抜かれて、薬を飲むようになると、半日で一万円ぐらいもらえた。おれも腰痛があるから、ありがたい仕事だった。やつはだいぶカネをため込んでいて、敷金、礼金、前家賃がたまったから、もうすぐちゃんとしたアパートに引っ越すと言ってた」
「・・・今田さんの身長と体重、・・・どれくらいか分かります?」
「おれよりちょっと大きめだから百七十近くあったかも。体重は、あんま太ってなかったから七十キロはなかったんじゃないかな」と言いながら男がコーヒーカップの底を覗き込んだ。男のコーヒーがなくなっていた。男はカップの底の残滓を音を立てて吸い出している。
土岐はこわばった茶のビニールシートから腰を上げた。礼の会釈をして伝票をわしづかむとレジに向かった。九段下あたりのコーヒーの半額ほどだった。会計を済ませながら店員に千寿南クリニックの所在を尋ねた。要を得ない。駅の近くとしかわからない。