「・・・殺された?」
「ええ・・・」と言いながら部屋をのぞき込む。一階と同じ造りだ。
「・・・隣にいたから知ってるよ」と言いながら土岐の手元の缶コーヒーを注視する。
「立ち話もなんですから、近くの喫茶店でコーヒーでも飲みながら、いかがですか?」
「・・・いいけど、・・・」と言いながら、男の眼は缶コーヒーと土岐の顔を往復する。
「これは、後で飲んで下さい」と言って缶コーヒーを二本差し出す。男はサンダル履きで部屋の外に出てきた。カーキ色の薄汚れた作業着を着ている。汗の染みついたにおいがする。
 ホテル小林から三分ばかり歩いた。泪橋の交差点の埃っぽい喫茶店で話すことになった。蒸気機関車の客車にあるような骨董ものの背の高い焦げ茶のボックスに腰掛けるなり、土岐は切り出した。
「そいで、今田さんはなんで殺されたか、・・・心当たりありません?」
「さあ、あいつを恨んでいるやつはいなかったと思うけど」と男はメニューに見入っている。
「ほう、性格のいい人だったんですか?」
「・・・性格?」
「・・・たとえば、・・・いつも気を遣うとか」
「そんなもん、ここじゃ、価値がない」と言いながら男は店の中年女にホットコーヒーを注文した。土岐も同じコーヒーにした。
「じゃあ、・・・だれからも恨まれていなかったのは、・・・どうしてですか?」
「・・・やつは、楽な仕事を、みんなに回してくれてたのさ」
「あっ、・・・今田さんは手配師だったんですか」
「やつはヤクザじゃなかった。舎弟でもなかった」と男は垢にまみれた手相を左右に振る。
「・・・どんな仕事を回してたんですか?」
「・・・健康診断の仕事」と言いながら男は落ち着きなく店内を見回している。
「・・・健康診断?」
「・・・なんていうか、忘れちまったが、血を抜いて、薬をのむやつ」
「ああ、・・・治験ですか」
「うん、多分そうかもしれない」と言いながら男は出てきたコーヒーにミルクと砂糖を入れる。土岐はブラックのまま、一口コーヒーを含んだ。土岐のコーヒー皿にあるミルクポーションとスティックシュガーに男の垢にまみれた手が伸びた。土岐はコーヒー皿ごと手渡した。
「・・・で、今田さんは、どんなふうに仕事を回してたんですか?」