「ないです。手付でも払うというのなら、住所、氏名、連絡先を書いてもらいますが。あの物件は割安なんで見には来るんだけど、使い勝手が悪いってんで、帰っていくんで。ただ事件の前か後か、記憶ははっきりしていないけど、若い美人が見に来たのは覚えてる」
「どんな女性です?」
「サングラスをかけていたんで、冬だったから印象に残って。目鼻立ちのすっきりした若い大柄の女だった。このへん、ソープランドや歓楽街があるから、その筋の女性じゃないかと」
それだけ聞くと、土岐はその不動産屋をでた。そこから狭い路地を南下して浅草駅までぶらぶら歩いた。二十分ほどで、雷門通りの地下鉄の駅に出た。銀座線に乗り、日本橋で東西線に乗り換え、九段下で降りた。昼前の法律事務所に宇多は不在だった。昨晩すれ違った女秘書がいた。黒縁メガネの柄を右手の親指と人差し指でつまむ。土岐の顔を見るなり、
「お昼には帰ってくると思います。さっき、出先から先生にお弁当を買っておくように頼まれたんです。すいませんけど、ちょっと、お留守番をお願いできますか?」と言いながら事務所を出ていった。土岐は八畳ほどの応接室のマホガニーの書棚から東京都の地図を取り出した。台東区の地図で真田の主張するアリバイと検察のストーリーを地図で確認してみた。検察が描く地下鉄の移動ルートは浅草通り沿いで、真田が言う都バスの移動ルートは、その北の言問通り沿いだ。地図上では東西に平行になっている。
真田の主張では、喫茶好奇から殺人現場近くまでバスで移動している。不動産屋の証言が正しいとすれば、空き家のビルでボウガンの試し打ちをしたという真田のアリバイは崩れる。検察のストーリーでは地下鉄を利用して、上野から浅草まで移動し、そこから殺人現場まで歩いている。こちらは七枚もの監視カメラにその画像が残っている。カメラのレンズの位置が斜め上方なので、顔そのものは映っていない。裁判所が真田本人と認定すれば真田の主張するアリバイは完全に否定される。真田を犯人とする傍証としては、凶器を真田に売ったというスポーツショップの店員の証言と当日の朝、真田が監視カメラと同じ服装だったというネット喫茶好奇の店員の証言、さらには凶器から検出された真田の指紋がある。
「どんな女性です?」
「サングラスをかけていたんで、冬だったから印象に残って。目鼻立ちのすっきりした若い大柄の女だった。このへん、ソープランドや歓楽街があるから、その筋の女性じゃないかと」
それだけ聞くと、土岐はその不動産屋をでた。そこから狭い路地を南下して浅草駅までぶらぶら歩いた。二十分ほどで、雷門通りの地下鉄の駅に出た。銀座線に乗り、日本橋で東西線に乗り換え、九段下で降りた。昼前の法律事務所に宇多は不在だった。昨晩すれ違った女秘書がいた。黒縁メガネの柄を右手の親指と人差し指でつまむ。土岐の顔を見るなり、
「お昼には帰ってくると思います。さっき、出先から先生にお弁当を買っておくように頼まれたんです。すいませんけど、ちょっと、お留守番をお願いできますか?」と言いながら事務所を出ていった。土岐は八畳ほどの応接室のマホガニーの書棚から東京都の地図を取り出した。台東区の地図で真田の主張するアリバイと検察のストーリーを地図で確認してみた。検察が描く地下鉄の移動ルートは浅草通り沿いで、真田が言う都バスの移動ルートは、その北の言問通り沿いだ。地図上では東西に平行になっている。
真田の主張では、喫茶好奇から殺人現場近くまでバスで移動している。不動産屋の証言が正しいとすれば、空き家のビルでボウガンの試し打ちをしたという真田のアリバイは崩れる。検察のストーリーでは地下鉄を利用して、上野から浅草まで移動し、そこから殺人現場まで歩いている。こちらは七枚もの監視カメラにその画像が残っている。カメラのレンズの位置が斜め上方なので、顔そのものは映っていない。裁判所が真田本人と認定すれば真田の主張するアリバイは完全に否定される。真田を犯人とする傍証としては、凶器を真田に売ったというスポーツショップの店員の証言と当日の朝、真田が監視カメラと同じ服装だったというネット喫茶好奇の店員の証言、さらには凶器から検出された真田の指紋がある。