番地とネットマップをたよりに探すと、真田がボウガンの試し打ちをしたというあずき色のビルは小さな居酒屋の向かいの細い路地を入ったところにあった。玄関正面の右の柱に看板を取り外したようなネジあとがあった。入居者がいる気配はない。入口は分厚いガラス扉。カギがかかっていた。玄関から奥をのぞき込むと、右手奥に小さなエレベータがあった。その脇に金網入りのガラス窓が見えた。人通りがほとんどなく、あたりを見回しても監視カメラは見当たらない。玄関のガラス扉の上に貸しビルの貼り紙があった。不動産屋の連絡先が書いてあった。土岐はそこに電話し、訪ねることにした。
 不動産屋は、バス停のある言問通り沿いに浅草方向に五分ほど歩いたところにあった。普通の民家のようだった。格子の窓ガラスに周旋物件の張り紙がなければ素通りするところだった。その店舗に入っていくと疲れたような初老の店主がどす黒い顔で待っていた。
「この近くで御社が扱っているあずき色の小さなビルについて、・・・よろしいでしょうか?」
「・・・はい。どうぞ」と小太りの店主が腹の下で手を組んで店の奥に立ったままで言う。
「あのビルで、ボウガンの試し打ちをしたと言う人がいるんですが、心当たりありますか?」
「・・・リバーサイドの例の殺人事件の関係ですか?」と店主の相好から愛想が消える。
「警察にも言ったんですけど、あのビルは一年近く空き家ですが。あなた、警察関係の方?」
「いえ。被告の弁護活動してる者です」
「・・・へえ、弁護士さんですか」と言われても土岐はあえて否定しない。
「あのビルの2階でボウガンの試し打ちをしたと言ってるんですが、可能ですか?」
「幅は三・三メートルほどしかないんですが奥行きは十メートル以上あるんで、できないことはないでしょう」と店主は組んでいた手をほどいてグレーのスエットズボンをずり上げる。
「昼間は、来客用にあのビルの玄関は、オープンにしてるんですか?」
「・・・とんでもない。・・・客が来るたびに、カギをもっていって、開けています」
「事件当日、誰か物件を見に来ました?」
「・・・その日は、なかったです」と店主はつまらなそうに言う。
「事件前に、物件を見に来た人のリストのようなものでもあります?」