法蔵飛魂

「法さんとその昔、うちのかみさんを奪い合ったのよ。まあ、男のわいも惚れ惚れするようないい男はんやった。おまけに、勉強がようでけた。それが、海軍予備生徒に合格して、詰襟の第二種軍装の純白の軍服で来たもんだから、うちのかみさんはイチコロよ。それだけじゃおへん、街中を歩くだけで、若い娘たちが遠巻きに、『きゃあ、きゃあ』ゆうとった」
 女が土岐の前の畳の上にお茶受けを置き、その上の有田焼の茶碗に急須を傾けた。
 老人は得意げに話を続ける。
「智恩寺の檀家総代に江戸の御代に庄屋はんだったお宅があってな、そこの旦那はんに頼まれて、わいがほの字だったお嬢はんの家庭教師に三田法蔵を紹介したのよ。そしたら、そこの若奥はんと三田法蔵がでけてしもうて、旦那はんにばれる寸前で海軍に行ったからよかったものの。わいは、お嬢はんの方が目当てだったから密会のお茶屋の手引をしたり」
「長田賢蔵という人も、智恩寺に一緒におられたと思うんですが・・・」
「・・・ああ、賢蔵はんね。まあ、三田法蔵と比べると影の薄い人やったけど、三田法蔵より一つか二つ下の人やった。・・・戦後もずうっと、・・・還俗されはって、この界隈に貴金属やら骨董の行商に来られはっとったな、一時期やったけど・・・」
「それから、向かいの駐車場に住んでおられた廣川弘毅さんは御存じないですか?」
「文学好きな人やったな。いつも円本や岩波の文庫をポケットに隠して持たれはっとった」
「では、作家の塔頭哲斗はどうですか?そこの禅宗の清浄寺の小僧でいたそうですが」
「・・・そうらしいのう。当時は知らなんだ」
 左目が白内障だった。入れ歯が齟齬をきたし、言葉つきも怪しい。しかし、記憶は鮮明のようだった。懐かしそうな、嬉しそうな語り口だった。土岐は老人とその孫娘に礼を述べて花屋を去った。孫娘はサンダルをひっかけて、店の前まで見送りに出ようとしたが、土岐はそれを制した。
  
香良洲(十月五日 火曜日)

 翌朝、九時過ぎまでローカル局のテレビ番組を見ながらシングルベッドの中でごろごろしていた。九時半ごろにチェックアウトを済ませて、市バスに乗って浄土大学に向かった。浄土大学は北大路通と千本通の交差点近くにあった。土岐は正門前で、守衛に聞いた。
「すいません。戦前の専門学校当時の同窓会名簿を閲覧したいんですが・・・」