土岐はショルダーバッグから、廣川弘毅のパスポートを取り出して、写真を見せた。
「・・・ええ、たしかに、少しお年をとらはってるようですが、廣川はんどすな」
ついでに、敦賀駅前の斎藤写真館で複写した写真も見せた。
「ここに写っているのが、廣川さんと賢蔵さんですよね」
「・・・そうどす、そうどす。なんと、なつかしい」
話に夢中になってラーメンがすっかりのびていた。少し固めに茹であがっていたストレート麺が太めのそうめんのように柔らかくなっていた。
飲食店を出てからその裏手にある智恩寺の庫裡に向かった。夜の底がすっかり冷え切っていた。庫裡の窓からは室内の照明が境内にそこはかとなく漏れていた。入り口で声をかけると、先日の若い僧が出てきた。土岐の顔を覚えていた。
「こちらに三田法蔵という人と、長田賢蔵という人が寄宿されていたと思うんですが」
「三田法蔵はんは知っております。本院ではとても高名な方どす。お見せしまひょ」
と言って、若い僧は土岐に框に上がるように促した。乞われるままに土岐は若い僧の後に付いて行った。庫裡から本堂への渡り廊下は冷え冷えとした板が歩くたびに軋んだ。本堂の天井に薄明かりがともされると、仄かな明かりの向こうの須弥壇の中央に鈍い金色の阿弥陀如来が座しているのが浮かび上がった。
若い僧が解説する。右の脇士に観音菩薩の立像、左の脇士に勢至菩薩の立像、右の脇壇に高祖善導大師の木像、左の脇壇に宗祖法然上人の木像が蒼然としてまつられている。その傍らに極太の墨痕鮮やかに、〈南無阿彌陀佛〉の掛け軸があった。法蔵寺で見たものより、蝋燭の煤で焦げ茶に変色していたが、同じ手のものに見えた。
「このお軸を書かれはったのが三田法蔵はんどす。達筆で、六十数年前、裏の墓所の卒塔婆の梵字を法要のたびに書き直したのもそうどす。今でも勤行のとき使っている経典を写経したのもそうどす。その当時は専門学校でしたが、今の浄土大学に入学試験で満点で合格したのもそうどす。それ以前にも、それ以後にも、満点合格の入学者はいないそうです」
土岐は話題を変えた。
「このお寺の北に禅宗の清浄寺がありますが、お坊さん同士で、交流があるんですか?」
「墓所が垣根でつながっとりますので朝の掃除のときなど、顔を合わせることはあります」
「・・・ええ、たしかに、少しお年をとらはってるようですが、廣川はんどすな」
ついでに、敦賀駅前の斎藤写真館で複写した写真も見せた。
「ここに写っているのが、廣川さんと賢蔵さんですよね」
「・・・そうどす、そうどす。なんと、なつかしい」
話に夢中になってラーメンがすっかりのびていた。少し固めに茹であがっていたストレート麺が太めのそうめんのように柔らかくなっていた。
飲食店を出てからその裏手にある智恩寺の庫裡に向かった。夜の底がすっかり冷え切っていた。庫裡の窓からは室内の照明が境内にそこはかとなく漏れていた。入り口で声をかけると、先日の若い僧が出てきた。土岐の顔を覚えていた。
「こちらに三田法蔵という人と、長田賢蔵という人が寄宿されていたと思うんですが」
「三田法蔵はんは知っております。本院ではとても高名な方どす。お見せしまひょ」
と言って、若い僧は土岐に框に上がるように促した。乞われるままに土岐は若い僧の後に付いて行った。庫裡から本堂への渡り廊下は冷え冷えとした板が歩くたびに軋んだ。本堂の天井に薄明かりがともされると、仄かな明かりの向こうの須弥壇の中央に鈍い金色の阿弥陀如来が座しているのが浮かび上がった。
若い僧が解説する。右の脇士に観音菩薩の立像、左の脇士に勢至菩薩の立像、右の脇壇に高祖善導大師の木像、左の脇壇に宗祖法然上人の木像が蒼然としてまつられている。その傍らに極太の墨痕鮮やかに、〈南無阿彌陀佛〉の掛け軸があった。法蔵寺で見たものより、蝋燭の煤で焦げ茶に変色していたが、同じ手のものに見えた。
「このお軸を書かれはったのが三田法蔵はんどす。達筆で、六十数年前、裏の墓所の卒塔婆の梵字を法要のたびに書き直したのもそうどす。今でも勤行のとき使っている経典を写経したのもそうどす。その当時は専門学校でしたが、今の浄土大学に入学試験で満点で合格したのもそうどす。それ以前にも、それ以後にも、満点合格の入学者はいないそうです」
土岐は話題を変えた。
「このお寺の北に禅宗の清浄寺がありますが、お坊さん同士で、交流があるんですか?」
「墓所が垣根でつながっとりますので朝の掃除のときなど、顔を合わせることはあります」


