法蔵飛魂

「先々代の祖父は彼を非常に高く買っていたようで、ゆくゆくは大叔母と結婚させて、この寺を継いでもらおうとも考えていたようです。残念ながら京都の浄土宗の専門学校在学中に海軍航空隊の予備生徒に志願して終戦の直前に特攻で亡くなられたと聞いています」
 回廊を歩いて薄暗い本堂に入ると住職は本堂右奥の抹香くさい壁にかかっている〈南無阿彌陀佛〉という掛け軸を指し示した。土岐は深くうなずきながら薄暗がりの中で手帳に、〈三田法蔵(法雄)〉という名前を書き込んで踵を返した。帰り際に、靴を履く土岐の首筋に住職の声があった。
「一昨年に亡くなった母の話では、三田法蔵さんは無縁仏になっているそうです」
 それを聞いて、土岐は住職に別れを告げた。
 
 京都へは特急〈雷鳥〉に乗って一七時すぎに着いた。京都駅で、すでに二泊しているビジネスホテルの予約をとった。予約掛のフロントは土岐の名前を覚えていた。シングルがとれた。近くまで市バスで行った。
 土岐は夕食を一度行ったことのある壱万遍の中華料理店で取ることにした。見覚えのある中年のでっぷりした下膨れの女が注文を取りに来た。他に客はいなかった。土岐のことを覚えているようだった。土岐は前回と同じとんこつラーメンを注文した。
 コップに水を入れて持ってきた中年女に聞いてみた。
「前に駐車場がありますよね。あの土地を持っていた廣川というお宅をご存知ですか?」
 女は縄暖簾をかき分けて調理場に入って行った。しばらくして、ラーメンどんぶりを持った老人が薄汚れた前掛けのまま出てきた。
「なんとのう覚えてま。戦時中はだれも住んでおらはらんかったようでしたけど終戦直後、廣川はんが帰ってこられて、しばらくおられて、お寺の寺男のようなことしてはれて・・・」
「智恩寺に戦時中、長田賢治という人、賢蔵と言っていたかも知れませんが、御存じでは?」
「同じ人かどうか分からしまへんけど、お寺の人が、『賢蔵はん』って呼ばはってた人から、ようお菓子をいただきました。賢蔵はんはその後もようみかけました。仏教関係の骨董品とか、観音様の焼き物とか、純金の指輪や腕輪とか、時計とか、高価なお数珠とか、盂蘭盆や檀家の念仏の集まりのあるときに大きなバッグをもって行商に来なはってた。四条河原町にそうしたお店が昭和四十年代ごろ、でけたころから来なはらへんようになりました」