法蔵飛魂

 土岐はお茶をすすりながらシステム手帳を開いて、見城仁美の家系図を見ていた。
「戦前の長田さんは何をされていたんですか?」
「兄弟が六人おって、長男のあんちゃが、父親がわりやっとったけんども、生活が苦しいんで、一番学校の勉強がようでけた四男を一の宮の禰宜の世話で、敦賀か京都のお寺に小僧さんに出したらしい。それが、そこの骨董屋の父ちゃんで」
 老婆は巾着の口のような唇をすぼめてお茶を飲んでいる。陽はとっぷりと暮れていた。窓の外から、冷気が徐々に部屋の中に侵入し始めていた。土岐の湯呑み茶碗を持つ手元の影が濃くなってきた。土岐は少し大きめの声で聞いた。
「賢治さんが小僧に出されたお寺の名前は分かりますか?」
「一の宮の先代の禰宜の孫が、そこの神社の宮司でいなさるんで聞いて見たらどないかな」
と老婆は梅干のような眼を見開いて、その方角を曲がった指で指差す。上がらない肩の下で、手首だけを蛇の鎌首のように持ち上げている老婆の指先を土岐は眼で追った。
 先刻、物干台から土岐に声をかけた中年女が、薄桃色のエプロンで手を拭きながら部屋の外に現れた。土岐は泊る旨を伝えて、夕食までに、一の宮の神社に宮司を訪ねることにした。民宿の若女将に聞いた話では、一の宮の神社は美山という標高の低い山の方向に一キロあまり行ったところにあるとのことだった。

 舗装されているのは道の中央だけで、路の両端は砂利だった。時折、車が通るたびに、砂利道の脇の用水路に落ちそうになりながら、夕暮れの田舎道を急ぎ足で十分以上歩いた。なだらかな登りになっていた。右手に小学校の校庭を見て、突き抜けたところに、こんもりとしたブナの林があり、その先に幽玄な鳥居が薄暗がりの中に見えてきた。
 鳥居をくぐると左手に飯場のような社務所があり、明かりのともっているプレハブのような引き戸の前で土岐は声を出した。すぐに、黄ばんだ白装束の若い男がのっぺりとした顔で出てきた。
「実は、そこの横町の骨董屋さんが子供の頃、高野さんに連れられて、敦賀か京都のお寺に小僧に行ったということを聞いたんですが、そのお寺は何というお寺か分かりますか?」
「祖父はお寺の檀家総代をしておって、そのお寺は浄土宗なんで、たぶん、小僧さんに連れて行ったお寺も浄土宗のお寺だと思います。同級生の住職に電話して聞いてみましょう」
 そう言って宮司は社務所の奥に消えた。