法蔵飛魂

 言われた通りに行くと、酒屋から五、六軒先に、玉砂利の道沿いにそれらしい民家があった。よく見ないと通り過ごしそうな特徴のない住宅だった。骨董屋らしいと思えるのは通りに面して防犯用の鉄柵の奥のガラス越しに、いかにもまがい物然とした古いだけの壺が二つ、並んでいたことだった。その展示ウインドから、薄暗い家の中を覗いても、人の気配がしなかった。とりあえず、玄関で、だめもとで声をかけてみた。屋内からの反応を待ったが、一、二分しても返答はなかった。
 土岐は、その家の裏手に回った。隣は住宅を改築したような民宿で、骨董店の裏手は、〈民宿美山〉という大きな看板に電話番号の記載のある駐車場になっていた。ブロック塀越しにつま先立ちで家の中をうかがうと、池のある壺庭が見えた。中央に翡翠の原石のような緑がかった岩が屹立していた。その庭に面してガラス戸越しに居間のような部屋が見えたが、照明もなく、人の気配はなかった。
 土岐はもう一度声をかけた。ブロック塀越しに骨董店の屋根を見上げていると、民宿の二階の物干し場から中年女の声が掛った。どことなく、関西の訛りが聞き取れた。そこはかとなく関西圏の文化の匂いがした。土岐は声の方向に顔を上げた。
 土岐が四台ばかり停められる民宿の砂利の駐車場で枯れかけた雑草を踏み潰していると、駐車場に面した民宿の裏口から、着古した木綿の着物を着た猫背の老婆が出てきた。老婆は右手のひらを耳の後ろに添えながら、土岐の言葉を聞き取ろうとし、下駄ばきの片足を裏口の玄関に踏み入れている。
 土岐は裏口から入って、駐車場に面した殺風景な部屋に通された。客室のようだった。八畳ぐらいの広さがある。夕刻が近づいた北陸の秋の陽光が、すりガラスを通して弱々しく室内に落ちていた。ささくれ立った畳表が竹林のような文様に見える。
 老婆が方形のちゃぶ台の上に茶托と湯呑を置き、土岐の前に押しすべらした。
 土岐は手に提げていた日本酒〈美山〉を茶托の脇に置いた。
 老婆は眼をむいて、おもむろに酒瓶を手に取って畳の上に置いた。ポットのお湯をアルミの急須に入れて、湯のみ茶碗に番茶をさした。
 客室の造りの悪い京壁に南画風の掛け軸が掛っていた。壁の所々の剥げ落ちて色変わりしている景色と掛け軸の偽物風の景色とが妙に調和していた。