法蔵飛魂

 駅前商店街を港方向にまっすぐ行った。商店街は五十メートルほどですぐ途切れた。店の外で客が待つ老舗の蕎麦屋の前を通り過ぎて、国道に突き当たってから、左手に折れた。コンクリートの防波堤の向こうから潮の香りが鼻を突いてきた。国道の海側には海岸線しかない。陸側には夏には海の家になる民宿が点在しているだけだった。町全体がひなびた白埃にうっすらとまみれている。時代の発展から取り残されたという印象がある。
 十分ほど県境の親不知方面に歩くと、電信柱の住居表示に〈横町〉と書かれた小さな看板があった。たしかに海岸線と平行に街並みが横になっていた。
 家並みの中に梁の少し傾斜した酒屋があった。暖簾をくぐった。十坪ほどの店舗だった。壁際に酒瓶と味噌樽が並び、中央にスナックやつまみの類が平積みになっている。商品の透明の袋に薄らと灰色っぽい埃がかぶっていた。地響きを立てて時折通りすぎるダンプトラックのタイヤを見て、その埃が国道から舞い上がってきたものだと想像がついた。
 土岐は二、三分、漫然と店内を見渡していたが誰も出てこなかった。しびれを切らして、奥に続く土間の暗がりに向かって声をかけた。しばらくして、ゴマ塩頭の顔のどす黒い老人が紺暖簾をかき分けて、薄いどてらを羽織ってでてきた。
 土岐は商品棚から三合瓶の日本酒〈美山〉を手に取った。見たことのない銘柄だった。
 薄茶色の紙袋を取り出す老人の背中に土岐は質問した。
「このへんに長田賢治さんがおられると思うんですが、お宅はどの辺ですか?」
「・・・ああ、長田さんだったら、その先の路地を左に入った左手の骨董屋さんです。わしより、だいぶ年上なんで、こまいことはよう知らんけんど、戦前の若いころはお寺の小僧さんだったらしくて、戦後になってから、骨董屋を始めたと聞いとります」
「その、小僧さんだったというのは、どこのお寺だか分かりますか?」
「いやあ、寺の名前までは知らんけんど、敦賀だか京都だかとか聞いたことがあります」
 敦賀と京都という地名が土岐の頭の中で鳴り響いた。それだけ聞くと土岐は釣銭を確認せずに酒瓶の首を鷲掴みにして店を出た。