法蔵飛魂

 秋の夜が古都の町を覆い、店舗の黄色い照明がくっきりと闇に浮かび始めていた。隣の三坪ぐらいの店でたこ焼きを売っていた。
 薄ら寒いせいもあったが、土岐は体が火照ってくるほどの速足で歩いた。途中、東京でも滅多に見かけることのない城郭のような門構えの銭湯の前を通った。その脇にコンビニエンス・ストアがあったので、キャッシュディスペンサーで加奈子からの入金をゆうちょ銀行の口座で確認した。
 門前高校は鴨川の東側の川端にあった。
 高校の授業はとっくに終わっているだろうと思った。
 一階の職員室らしき所に明かりが見えた。
 正門は閉じられていたが、守衛らしい男が大きな郵便受けから夕刊を取り出していた。
 土岐は頭を下げながら声をかけた。
「東京から来たものですが戦前の旧制中学当時の同窓生名簿を閲覧できないでしょうか」
 守衛らしい男は目を丸くして、素っ頓狂な顔を造った。守衛室から職員室に内線をかけ、土岐の申し出について掛けあった。
 土岐は職員室の場所を教わって、走るように向かった。
 黄ばんだワイシャツ姿で、職員室の扉の前に立っている人影があった。初老の教師のようだった。鬢の銀髪が職員室からの明かりにきらりと光った。
 土岐は職員室の明かりを背景にして目鼻立ちの見えにくい人物に向かって、十メートルほど手前から低頭した。そのぼんやりとした人影は土岐が近付くと、顔を土岐に向けて、右に向かって歩き出した。
 図書室が校舎の二階の階段の脇にあった。階段の照明がつく。
 教師が図書室の蛍光灯のスイッチを入れると、書架が真っ暗闇の中に突然現れた。
 教師は書架の天井に近い場所から踏み台を使って、古色蒼然とした綴りを取りだした。作業テーブルにその資料を広げた。
「大正十五年の早生まれで、廣川弘毅と言います」
 教師は同窓会名簿の卒業生一覧で廣川弘毅を探している。右手に眼鏡を持ち、資料に裸眼をこすりつけるようにしている。
「ありました。昭和十六年度卒業で、豊橋第一陸軍予備士官学校が進路になっていますね」
 土岐はその資料を受け取り、他の卒業生の進路先をざっと確認した。豊橋第一陸軍予備士官学校は廣川弘毅以外には見当たらなかった。
 礼を述べながら、土岐は手帳に、踊るような文字で、〈廣川弘毅、昭和十六年度卒業、豊橋第一陸軍予備士官学校〉とメモした。