土岐が声をかけると〈なにか〉というような顔で男が立ちあがった。机の前に出てきた。
男は黒いソファーに腰掛けるように、手で指示した。土岐は立ったままでいた。
男は客ではないと察したようだった。はっと、眼やにのついた目を見開いた。
帳簿の整理をしている地味な女が土岐と目線が合うと少し頭を下げた。
「この先の廣川さんの隣の城田さんのお宅は、こちらが、仲介されたんですか?」
男は突然にやけて、オールバックの頭の後ろを右手で掻いた。
「そうなら、うれしかったんですけどね。城田さんは日本最大の専門学校の理事長とかで」
そう言いながら、土岐はテレビのコマーシャルやターミナル駅のあちこちに掲げられている、〈城田簿記学校〉の看板を思い出していた。話しは、それで途切れた。
田園調布駅に戻ると、切符売り場の路線図を眺めながら中目黒経由で茅場町まで行くことにした。プリペイドカードで改札を通りながら、背後に先刻から尾行されているような気配を感じた。階段を駆け上がる。階段の上から下を覗きこむ。それらしき頭髪の薄い男がきょろきょろしながら上ってきた。ハンチングをかぶっていなかったが、加奈子宅の玄関前ですれ違った男のように見えた。明るいグレーの上下が印象に残っていた。
土岐は眼の端でその男の動静をうかがいながら、渋谷行きの電車を待った。
渋谷行きの各駅停車の普通電車が到着した。飛び乗る間際に、先刻の男の方を見やると、その男も乗車したのが確認できた。
都立大学前駅、祐天寺駅を経て、十数分で中目黒駅に到着した。そこで同じホームの反対側に停車していた地下鉄日比谷線に乗り換えた。乗客はまばらで隣の車両が見通せる。先刻の男も隣の車両に乗り換えてきた。地下鉄車両のドアが閉じる寸前に土岐は飛び降りた。眼の端で閉じられる隣の車両のドア付近を追うと、尾行の男も飛び降りてきた。
数分して、土岐は反対ホームに滑り込んできた渋谷行き急行のドアが閉まりかける直前に飛び込んだ。人ごみ越しに隣の車両を見ると、男も飛び乗ったようだった。
土岐は渋谷駅で降りると、男の尾行をまかないように、尾行してくるのを目の端で確認しながら、道玄坂方向に歩いていった。
男は黒いソファーに腰掛けるように、手で指示した。土岐は立ったままでいた。
男は客ではないと察したようだった。はっと、眼やにのついた目を見開いた。
帳簿の整理をしている地味な女が土岐と目線が合うと少し頭を下げた。
「この先の廣川さんの隣の城田さんのお宅は、こちらが、仲介されたんですか?」
男は突然にやけて、オールバックの頭の後ろを右手で掻いた。
「そうなら、うれしかったんですけどね。城田さんは日本最大の専門学校の理事長とかで」
そう言いながら、土岐はテレビのコマーシャルやターミナル駅のあちこちに掲げられている、〈城田簿記学校〉の看板を思い出していた。話しは、それで途切れた。
田園調布駅に戻ると、切符売り場の路線図を眺めながら中目黒経由で茅場町まで行くことにした。プリペイドカードで改札を通りながら、背後に先刻から尾行されているような気配を感じた。階段を駆け上がる。階段の上から下を覗きこむ。それらしき頭髪の薄い男がきょろきょろしながら上ってきた。ハンチングをかぶっていなかったが、加奈子宅の玄関前ですれ違った男のように見えた。明るいグレーの上下が印象に残っていた。
土岐は眼の端でその男の動静をうかがいながら、渋谷行きの電車を待った。
渋谷行きの各駅停車の普通電車が到着した。飛び乗る間際に、先刻の男の方を見やると、その男も乗車したのが確認できた。
都立大学前駅、祐天寺駅を経て、十数分で中目黒駅に到着した。そこで同じホームの反対側に停車していた地下鉄日比谷線に乗り換えた。乗客はまばらで隣の車両が見通せる。先刻の男も隣の車両に乗り換えてきた。地下鉄車両のドアが閉じる寸前に土岐は飛び降りた。眼の端で閉じられる隣の車両のドア付近を追うと、尾行の男も飛び降りてきた。
数分して、土岐は反対ホームに滑り込んできた渋谷行き急行のドアが閉まりかける直前に飛び込んだ。人ごみ越しに隣の車両を見ると、男も飛び乗ったようだった。
土岐は渋谷駅で降りると、男の尾行をまかないように、尾行してくるのを目の端で確認しながら、道玄坂方向に歩いていった。