しばらくして、青みがかった坊主頭の若い僧が洗いざらしの黒い法衣で出てきた。
土岐は胸ポケットから取り出したシステム手帳を見ながら、問いかけた。
「田中門前町の廣川さんのお墓をお参りしたいんですが、どのへんでしょうか?」
「・・・ちょっとお待ちいただけますか?調べてみまひょ」
と言い残して、若い僧は奥に入って行った。
だいぶ待たされた。その間、土岐は後ずさりして寺院全体を眺めて見た。
墓所は、庫裡の裏手にある。庫裡と釈迦堂の狭い通路にせり出すように、乱杭歯のように伸びている卒塔婆の林が望めた。
しばらくして、若い僧は小さなメモ用紙を持って現れた。
「・・・たぶん、北の隅にある古いお墓やと思います」
北方は比叡山の方角だから、庫裡の裏手の左奥だろうと土岐は見当をつけた。釈迦堂の傍らに積まれているプラスティックの桶を取り、通路の水道の蛇口で水を満たし、柄杓を突っ込んで庫裡の裏手に向かった。
伽藍より少し狭めの墓地がひっそりとたたずんでいた。新しい墓石が、目立たないほど、苔蒸した墓石が多かった。秋の彼岸が過ぎたばかりで、真新しい卒塔婆が新芽のように散見された。北の端の北東の角に廣川家の墓石があった。近年ほとんどお参りに来ていないようで、周囲に枯れた雑草が散らばっている。三段墓の頭には鳥の白い糞が点在している。
たそがれの薄暗闇の中で、眼をこらして、〈廣川家墓〉の裏の墓碑銘を見ると、納骨されているのは二人だけで、昭和十一年一月八日に廣川滋、昭和十五年五月二十二日に廣川眞子と刻まれているのがかろうじて確認できた。確認して数分で、墓碑銘は夕闇に溶けて行った。廣川弘毅は昭和十六年十二月に太平洋戦争が開戦となる前に両親を喪っていた。
土岐は墓参を済ませてから、東大路通に出て、近くの飲食店を覗いて見た。
とんこつラーメンを注文して、店のでっぷりとした下膨れの中年女に聞いてみた。
「田中門前町の生徒が通っていた戦前の中学はどこだか分かりますか?」
しばらくして、ラーメンのどんぶりを持った薄汚れた白衣をまとった老人が落ち窪んだ眼をしょぼしょぼさせて出てきた。
「・・・今出川通を鴨川に出て、南にすこぉし下ったとろころだす」
土岐はストレート麺のラーメンをかき込むと、すぐ店を出た。空腹は満たされたが、美食を求めるグルメの心は満たされなかった。
土岐は胸ポケットから取り出したシステム手帳を見ながら、問いかけた。
「田中門前町の廣川さんのお墓をお参りしたいんですが、どのへんでしょうか?」
「・・・ちょっとお待ちいただけますか?調べてみまひょ」
と言い残して、若い僧は奥に入って行った。
だいぶ待たされた。その間、土岐は後ずさりして寺院全体を眺めて見た。
墓所は、庫裡の裏手にある。庫裡と釈迦堂の狭い通路にせり出すように、乱杭歯のように伸びている卒塔婆の林が望めた。
しばらくして、若い僧は小さなメモ用紙を持って現れた。
「・・・たぶん、北の隅にある古いお墓やと思います」
北方は比叡山の方角だから、庫裡の裏手の左奥だろうと土岐は見当をつけた。釈迦堂の傍らに積まれているプラスティックの桶を取り、通路の水道の蛇口で水を満たし、柄杓を突っ込んで庫裡の裏手に向かった。
伽藍より少し狭めの墓地がひっそりとたたずんでいた。新しい墓石が、目立たないほど、苔蒸した墓石が多かった。秋の彼岸が過ぎたばかりで、真新しい卒塔婆が新芽のように散見された。北の端の北東の角に廣川家の墓石があった。近年ほとんどお参りに来ていないようで、周囲に枯れた雑草が散らばっている。三段墓の頭には鳥の白い糞が点在している。
たそがれの薄暗闇の中で、眼をこらして、〈廣川家墓〉の裏の墓碑銘を見ると、納骨されているのは二人だけで、昭和十一年一月八日に廣川滋、昭和十五年五月二十二日に廣川眞子と刻まれているのがかろうじて確認できた。確認して数分で、墓碑銘は夕闇に溶けて行った。廣川弘毅は昭和十六年十二月に太平洋戦争が開戦となる前に両親を喪っていた。
土岐は墓参を済ませてから、東大路通に出て、近くの飲食店を覗いて見た。
とんこつラーメンを注文して、店のでっぷりとした下膨れの中年女に聞いてみた。
「田中門前町の生徒が通っていた戦前の中学はどこだか分かりますか?」
しばらくして、ラーメンのどんぶりを持った薄汚れた白衣をまとった老人が落ち窪んだ眼をしょぼしょぼさせて出てきた。
「・・・今出川通を鴨川に出て、南にすこぉし下ったとろころだす」
土岐はストレート麺のラーメンをかき込むと、すぐ店を出た。空腹は満たされたが、美食を求めるグルメの心は満たされなかった。


