法蔵飛魂

 セントラルなら廣川弘毅に結び付く。長瀬啓志はセントラル監査法人の代表社員をやっていた。代表社員の立場であれば、自分が直接監査しなくとも工場の製品在庫の棚卸の評価損について知りうる立場にある。その情報を廣川弘毅に漏らして、大量の空売りで大儲けする。わざわざ廣川弘毅に漏らす必要はない。誰でもいい。
 廣川弘毅が坂本茂にわざわざ情報を取りに来たということは、廣川弘毅が知らなかったからだ。とするとインサイダーまがいの株取引と廣川弘毅のインタビューは時期的に偶然だったということか。
 吉野刑事と玉井刑事は偶然でないと見て坂本茂を問い詰めた。坂本茂が嘘をつき通したのか。
 土岐は改めて坂本の目を観察した。純朴そうな実直そうな頑固そうな目をしている。純朴で実直で頑固だから吉野刑事と玉井刑事の厳しい取り調べにも耐えたと言えないこともない。
 土岐はそろそろ辞すことを考えた。立ちあがって、ドアに向かうとき、サイドボードの上の額縁に収められた褒章が土岐の目に入った。
 褒章の二文字が隷書体のような書体で書かれ、桜花で縁取られた円形のメダルが、黄色の絹地の様な帯に下げられている。
 土岐は思わず感嘆の声をあげた。
 坂本がうれしそうに額縁ケースの前の土岐の横に並んだ。
「・・・勲章なら大したもんやけど、これは黄綬褒章です。先代の社長、今の会長はんがわいのこと思うてくれはって京都の清和俊彦はんにお願いして、内閣府賞勲局に推薦状を書いてもらたんやわ。平成十五年から一般推薦の制度がでけて、それを商売にし出したところもあるっちゅう話や。くれる前に身辺調査があった。犯罪歴のあるもんは駄目やから、わいが吉野と玉井の拷問に屈して、してもない罪をかぶっていたら、もらえんとこやった」
 土岐は坂本の話にフンフンと鼻から息を漏らして頷いた。坂本の話を聞きながらサイドボードの上の濃い緑のブロンズの胸像に土岐は気をとられていた。最初はインテリアかと思って見ていたが、荒削りな印象派風な彫刻が次第に坂本の頭部に見えてきた。土岐は目線で坂本の了承を得て、その胸像に指先で触れた。
 坂本の顔がだらしなく左右に崩れた。
 土岐は胸像の裏の作者の刻印を探した。驚くほど達筆な筆致で〈東京芸大 浦野〉と刻まれていた。それを見て土岐はそこを辞した。
 坂本茂の嬉々とした表情が印象に残った。