境家の家庭教師は昭夫が引き継ぐことになった。
境家での家庭教師生活は、物資の乏しくなった終戦間際まで、まるで別世界のように物資潤沢なひとときだった。
昭夫は境家の長女に激しい恋心を抱いたが彼女の心は雄蔵にあった。
昭夫は彼女の頼みで、彼女の短歌、
「蒼燕明日をも知れぬ命なら今宵だけでも懸命に翔べ」
を持って雄蔵のいる三重海軍航空隊を訪れるが、雄蔵はすでに特攻隊に志願したところだった。京都に戻った昭夫が、そのことを彼女に告げると、彼女は境家の当主に泣きつき、
「雄蔵が特攻隊で死んだら、自分も自決する」
と迫る。境家の当主は娘には諦めるようにと厳命したが、一方でかつての大学の学友で海軍中将の地位にある人物を通して雄蔵の置かれた状況を確認した。すると、
「零戦は払底し、網田雄蔵が搭乗できる飛行機は存在しない」
とのことだった。
しかし、雄蔵の期の学徒生には不足していたはずの飛行機が、前の期の学徒生から一機だけ回ってきたため、終戦直前に雄蔵は沖縄の海に消えて行った。
境家の令嬢は戦後、絶望の果て、闇屋あがりの成金と結婚するが、幸福を得ることはなく、やがて自死して果てた。
戦後、昭夫は雄蔵戦死のいきさつを明らかにしようとする。
何者かが前の期の学徒生を飛び越えて、意図的に雄蔵に特攻を命じたらしいという噂を昭夫が知ったところで物語は終わる。
読み終えた時、品川を出発した新幹線は京都を過ぎたところだった。
文通を通じて、二つの人生を個性の異なる二人の若者が、重複的に生きて行くという重層的な特徴のある小説だった。手紙の文面から相手の人生を知り、手紙を通じてお互いにお互いの人生に対して関与して行く。一つの人生に対して、その対処の視点が常に二通りあり、あたかも寄席の二人羽織のような展開が随所にみられた。
手紙のやり取りで話が展開してゆく小説構成に、ラクロの『危険な関係』を土岐は思い浮かべていた。
巻末の年譜で作者の経歴を見ると塔頭哲斗の本名は舘鉄人、小学校を卒業してすぐ京都の禅寺、清浄寺に出家している。そこから一門の中学校に通った。病弱であったため、軍隊には行っていない。戦後、一貫して雑誌編集の仕事をし、三十代後半で作家としてデビューし、五十八歳で没している。
境家での家庭教師生活は、物資の乏しくなった終戦間際まで、まるで別世界のように物資潤沢なひとときだった。
昭夫は境家の長女に激しい恋心を抱いたが彼女の心は雄蔵にあった。
昭夫は彼女の頼みで、彼女の短歌、
「蒼燕明日をも知れぬ命なら今宵だけでも懸命に翔べ」
を持って雄蔵のいる三重海軍航空隊を訪れるが、雄蔵はすでに特攻隊に志願したところだった。京都に戻った昭夫が、そのことを彼女に告げると、彼女は境家の当主に泣きつき、
「雄蔵が特攻隊で死んだら、自分も自決する」
と迫る。境家の当主は娘には諦めるようにと厳命したが、一方でかつての大学の学友で海軍中将の地位にある人物を通して雄蔵の置かれた状況を確認した。すると、
「零戦は払底し、網田雄蔵が搭乗できる飛行機は存在しない」
とのことだった。
しかし、雄蔵の期の学徒生には不足していたはずの飛行機が、前の期の学徒生から一機だけ回ってきたため、終戦直前に雄蔵は沖縄の海に消えて行った。
境家の令嬢は戦後、絶望の果て、闇屋あがりの成金と結婚するが、幸福を得ることはなく、やがて自死して果てた。
戦後、昭夫は雄蔵戦死のいきさつを明らかにしようとする。
何者かが前の期の学徒生を飛び越えて、意図的に雄蔵に特攻を命じたらしいという噂を昭夫が知ったところで物語は終わる。
読み終えた時、品川を出発した新幹線は京都を過ぎたところだった。
文通を通じて、二つの人生を個性の異なる二人の若者が、重複的に生きて行くという重層的な特徴のある小説だった。手紙の文面から相手の人生を知り、手紙を通じてお互いにお互いの人生に対して関与して行く。一つの人生に対して、その対処の視点が常に二通りあり、あたかも寄席の二人羽織のような展開が随所にみられた。
手紙のやり取りで話が展開してゆく小説構成に、ラクロの『危険な関係』を土岐は思い浮かべていた。
巻末の年譜で作者の経歴を見ると塔頭哲斗の本名は舘鉄人、小学校を卒業してすぐ京都の禅寺、清浄寺に出家している。そこから一門の中学校に通った。病弱であったため、軍隊には行っていない。戦後、一貫して雑誌編集の仕事をし、三十代後半で作家としてデビューし、五十八歳で没している。


