法蔵飛魂

 金田義明は下駄のような顔をしていた。金井泰三は鉛筆のように細い顔立ちだった。あまりに細いので、眼が頬の上に入り切らずに、斜めに吊り上っているように見えた。
 土岐はブレンドコーヒーをさっさと飲み干し、自分の分の勘定をテーブルの上に置いて、その店を出た。領収書は澤田にあげることにした。昼は二十度を超えていたが、夜の底が凍りついているような晩秋の迫る宵だった。蒲田の自宅兼事務所に戻ると、その日の夜、自宅兼事務所で翌日の旅支度をした。ついでに、調査日誌をパソコンで打った。
 調査日誌を打ち終えて、同じファイルに、澤田から聞き取った、廣川弘毅に関する新しい人間関係の情報を図に描いた。
 廣川弘毅以外は、全員が存命で、金田義明と金井泰三にはまだ会っていない。
 金田義明が佐藤加奈子との関係を深めたいと考えていたとすれば、廣川弘毅殺害の動機がある。
 金井泰三に殺害動機があるとすれば、金田民子との結婚を阻害したことが、心の傷になっていて、廣川弘毅を長年恨んでいたということだ。金井泰三が離婚後の金田民子とよりを戻そうとすれば、かつて『お前みたいなチンピラに民子はやれない』と一喝した廣川弘毅が再び邪魔になる。
 
学僧と僧兵(十月一日 金曜日)

 十月になった。昨日の雨が晴れあがっていた。
 朝、インターネットで京都市左京区の〈ビジネスホテル大原〉を予約した。
 下着二組と『学僧兵』と廣川弘毅の三十年ほど前のパスポートをショルダーバッグに詰め込んで品川駅の新幹線ホームに向かった。一〇時三七分発の〈のぞみ〉に乗ることにした。
 品川駅から千里中央の坂本茂に電話をかけ三時過ぎに訪問していいか打診した。差支えないという返答を聞いて新幹線に乗り込んだ。
 乗り込んですぐ、『学僧兵』を読み始めた。

〈第一部「学僧」〉
 主人公の有部昭夫は昭和元年十二月三十一日に生まれた。
 実家は新潟県西頚城郡の横町の半農半漁で、北国街道沿いで細々と判子屋もやっていた。
 兄弟は六人で、照夫は下から二番目の四男だった。
 生まれたとき、一回り以上年上の長男はすでに家業を手伝っており、昭夫の弟が母の腹の中にいるときに父が村相撲の最中に心筋梗塞で斃れた。昭夫が数え三歳のときだった。当然、父の顔を知らない。死んだのは昭和四年十月二十四日のニューヨークの株式市場が大暴落した翌日だった。