土岐は通りを隔てて加奈子の家の向かいから玄関の方を伺った。廣川邸に携帯電話をかけた。コール音五回で玄関に照明が点された。加奈子が出てきた。よそ行きのつくり声だ。気取った抑揚だ。
「お抱えの運転手がおられたとか・・・その方の連絡先は分かりますか?」
 加奈子の返答まで少し間があった。
「会社の方に聞いたほうが早いと思います。そちらの電話番号で聞いていただけますか?」
 加奈子はすらすらと、番号を暗誦した。
 加奈子の家の前を狭い通り越しに過ぎると、再び通りを渡って戻り、一軒挟んだ左隣の家の前に立った。大きな門構えだった。漆喰の塀が通りの角まで続いている。閉じられた木造の両開きの門扉から内部は全くうかがえない。
 土岐は郵便受けの脇の黒いインターフォンを押した。チャイムの鳴る音がして、かなり時間が経った後で返答があった。初老の女の声に聞こえた。
「失礼しますが、ちょっと、お隣のご主人のことで、お聞きしたいことがあるんですが・・・」
「・・・それでしたら、きのうもお答えしましたが・・・」
「いえ、わたしは警察ではないんですが・・・」
と土岐は言い訳のような、なさけない物言いをした。
「・・・警察の方は、先週来られましたが・・・」
「わたしは、調査事務所の者でして・・・」
「・・・ですから、そのことでしたら、きのう、女性の方にお話しましたが・・・」
 言外に詮索されたくないというような慳貪な含みがあった。慇懃だが、無礼な寒々とした心根が伝わってきた。手帳に表札の、〈城田康昭〉と書き込んだ。
 土岐は田園調布駅に向かって、ゆるやかな坂を下り始めた。最初の角で、右手から薄いベージュのパンツに淡い色調の草花のプリントのチュニックの女が歩いて来るのと出くわした。土岐の方から女の右肩に声をかけた。女はばつが悪そうに、少し顔をしかめた。口だけで愛想笑いを作っている。
「さっき、・・・城田さんのお宅の前で、お話をされてましたよね。二か月くらい前、廣川さんが城田さんのお宅から、怒ったような顔をして出てくるの、見かけたことがあります」

 土岐は駅前で、黒田家の女と別れた。その足で、駅前ロータリーの右端の線路向かいに店を構えている不動産屋をたずねた。物件の張り紙で内部の見えないガラスドアを開けた。店には、どす黒い顔をした中年過ぎの男と事務員のような女が事務机の前に腰かけていた。