法蔵飛魂

 畳一枚ほどの床の間に白磁の骨壷がおかれていた。床の間の右に押入れがあり、さらにその隣に、ふすま扉があった。
 ぬくもりのない殺風景な部屋だった。人が居住していた気配が感じられない。
 八畳間の中央に黒檀の卓があり、その上に遺品のようなものが雑然と置かれていた。
 加奈子は骨壷の前に腰高に座ると軽く手を合わせた。
 土岐は黒檀の矩形の卓の上の物品を物色した。
 数珠、国語辞典、電卓、爪切り、ボールペン、定規、シャープペンシル、ホチキス、目薬、スティックのり、朱肉、印鑑、消しゴム、虫眼鏡、錠剤ホルダー、ポストイット、ハサミ、ペーパーナイフ、耳かき、メモ帳、ダブルクリップ、扇子、櫛、レコード盤、財布、クレジットカード、ポケットティッシュ等など。
 たしかに、金目のものは何もなかった。特定の人間との深いつながりを示すようなものも、とくに見当たらなかった。
 あえて土岐の目についたのは、区立図書館の貸出カードだった。土岐はそれを手にした。登録した日付が今年の九月になっている。貸出カードに付箋が貼られていた。付箋に、
〈GSH〉
というメモ書きがあった。
「廣川さんはそこの区立図書館に行っておられたんですか?」
「カードはつい最近作ったんです。読みたくなった本があるって。返却したと思います」
 浅黄色の貸出カードの発行月をみると八月だ。
「付箋のGSHはどういう意味ですか?」
 加奈子は首をひねる。
「廣川さんの写真はないですかね。できれば若いころの・・・」
「パスポートでよろしければ、・・・四十代か、五十代の頃のものだと思うんですけど・・・」
と言いながら、加奈子は四つん這いになって、床の間の脇のマホガニーのサイドボードの抽斗を開けた。中から、失効した赤い表紙のパスポートを懐かしそうに取りだした。

 土岐は、そのパスポートを受け取ると廣川邸を辞し、図書貸出カードを持って、世田谷区立奥沢図書館に向かった。
 世田谷区立奥沢図書館には先日会話した品のよさそうな細身の中年女性がカウンターにいた。土岐のことを覚えていた。
 土岐が廣川弘毅のカードを差し出すと、図書館員はバーコードを読み取って、貸出履歴をパソコンのディスプレイに出した。
「・・・『学僧兵』という小説をお借りですね。登録番号で書架を探してみてください」