クリーム色のレースのカーテン越しに窓から木漏れ日が差している。落ち着きなく揺れていた。
 土岐は立ち上がった。応接間を出ると、薄暗い玄関で、バーゲンで買った自分の靴を探した。空気が澱んでいるような闇に眼を慣らすのに数秒要した。
 玄関は北向きで、ドアに明り採りがない。足元は昼でも陰影が濃かった。
 土岐がかろうじて探し出した自分の靴に片足を突っ込むと、カチッとスイッチの入る音がした。玄関にアールデコ調の照明がともされた。振り返ると加奈子が靴ベラを持って立っていた。
「で・・・かりに、殺人だとして・・・」
と土岐は玄関に立って加奈子の方に上体だけ向けた。
「・・・殺人です。・・・間違いありません」
と加奈子は凛とした面持ちで強く念を押す。
「失礼しました。殺人の線で調査します。・・・間違いなく・・・」
 加奈子の鋭い剣幕に土岐は慌てて言い直した。
「で、容疑者に、おこころあたりはありませんか?」
 加奈子は足もとに眼を落した。しばらく考え込んだ。
「子供たちかも。長女は金田民子と言うんです。落合に住んでいます。長男は廣川浩司といって、・・・白金台で高校の先生をやっています」
「そのお子さんたちの動機はなんですか?」
と土岐は加奈子の顔色を窺った。
「長女は遺産目当てでしょう。昔からわたしに子供ができることを恐れていましたから」
「財産分与が減るということですか。でも廣川弘毅さんはご高齢だし、・・・殺さなくても」
「早く手にしたかったんでしょう。わたしが、主人の生きている間に財産を処分することを、ものすごく警戒していましたから・・・」

 下膨れの瓜実顔で見送る加奈子の家を出たのは三時頃だった。玄関を出て、軽くドアに向かって会釈した。加奈子が玄関脇の物見の小窓からこちらをうかがっていないのを確認してから、その家の周りを少し歩くことにした。
 玄関前の人通りの殆どない通りで濃い鼠色のハンチングの小柄な男とすれ違った。一瞬、その男に場違いな不審な感覚を抱いた。その男の歩き方に目的性を感じられなかった。