十時ごろ、土岐がおそい朝食をとっていると、内部を伺うように事務所のべニアドアを控えめにノックする音が聞こえた。あわてて事務所の応接セットの上に脱ぎ捨ててあったパンツとジャケットを隣の部屋に投げ入れて引き戸を閉めた。ドアを開けると見知らぬ女が立っていた。土岐は首だけ出して、不調法に小さく頭を下げた。女は鼠色のデニムのパンプスで事務所に足を一歩だけ踏み入れて名刺を差し出した。
〈USライフ保険株式会社外務調査員 大野直子〉
とあった。身長は160センチ足らずだが、肉感的で、その分大きく見えた。
 土岐は惹きつけられるように、そのボディラインを眼でなぞっていた。押し込まれるように大野直子を事務所に招き入れていた。
 直子は土岐に勧められる前に黒い合成革のソファーに腰掛け、短めのグレーのタイトスカートの足を大胆に組んだ。男に与えるその効果を十分に熟知している所作だった。田園調布の廣川邸の応接室で見た佐藤加奈子のなま足がデジャヴのように重なった。
 直子はピンクのラムスキンジャケットの前ボタンをおもむろにはずす。薄手の白いタートルネックが胸のラインに卑猥に食い込んでいる。鼻翼を少し膨らませて、余裕ありげに来訪の経緯を語る。
 調査の進捗状況を聞かれて土岐は無意識のうちにとぼけていた。直子は憐れむように眼だけで快活に笑った。土岐はボディラインがはっきりしている直子のどこに目をやっていいのか戸惑いながら、彼女の向かいのアームチェアに鯱張って座った。
 茅場署の捜査の終了を直子はきっぱりと滑舌さわやかに言う。
 土岐は改めて直子の顔を見た。あまり見かけないほど四角い顔だ。目と口が大きい。その割に鼻はそれほど大きくない。くっきりとした二重瞼。大きめの唇がグロスで艶やかに光っている。窓の明かりが瞳に反射してキラキラ輝いている。その瞳がよく動く。
 土岐はすべてを見抜かれているような威圧感と不快感を覚えた。
 直子は土岐の言葉を飲み込むようにして嘲るようにして笑う。
 土岐は冷蔵庫の中から缶コーヒーを出して、コップに注ぎ、テーブルの上に置いた。
 海野の定年後の就職が決まったことを言いながら、直子は喉を鳴らしてコーヒーを一気に飲み干した。空になったコップをアクリルのセンターテーブルの上にコツンと置いた。