土岐は内ポケットから急いでシステム手帳を取り出し、〈敦賀・法蔵寺〉と書き込んで、もう潮時だろうと思いながら立ちあがりかけた。浩司は土岐の袖を引くように言う。
「姉と組んで競売物件を漁っているのは金井という企業舎弟です。いま、離婚訴訟で争っている金田の知り合いです。東横線の菊名に不動産と建築の店を持っているはずです」
 最後に当日のアリバイを聞くと、自宅にいたという。
 聞きながら土岐はシステム手帳にボールペンで、〈企業舎弟、金井、菊名、不動産〉と書
き込んで別れの会釈もそこそこに部屋を出た。目黒駅から乗車した山の手線の車中で、闇
の中を流れる冷たい街明かりを目で追いながら、浩司の証言には姉に対する積年の憎しみ
のバイアスが掛っていることに留意しなければならないと考えていた。

土岐は山の手線の外回りで高田馬場で下車し、城田簿記学校の本部本館を尋ねること
にした。早稲田通りを小滝橋方向へ二、三分歩いたところにそのビルはあった。
 煌々とした照明があふれる正面入口に城田康昭の茶褐色の胸像があり、その隣に城田簿記学校校歌が青銅色のメタルレリーフに刻まれていた。その作曲者は相田貞子、作詞者は城田康昭となっていた。
 土岐は受付の若い女性に名刺を差し出して城田との面会を求めた。
 しばらくして三分刈りの大男が出てきた。城田簿記学校のロゴ入りの名刺を差し出した。〈西川秀介〉とある。西川に導かれるままにエントランスホールの隅にある応接ボックスに入った。四畳半ほどの空間に四角いテーブルがあり、その周囲に椅子が四つ配置されている。
 土岐は奥の椅子に腰かけ、西川はドアの前の椅子に座った。
「先日、廣川弘毅という老人が亡くなられたのを御存知でしょうか」
「ええ、先々週、城田と御自宅の方に通夜に伺いました。家が隣同士なものですから・・・」
「城田理事長の御自宅の土地を廣川さんが周旋したらしいんですが、御存知でしょうか」
「・・・詳しくは、存じ上げておりませんが、広川さんはわが校の最初の校歌を作詞された方で、理事長とはゴルフ仲間で、友人のようなお付き合いをされていたようです」
「正面玄関の校歌のレリーフを見たら、作詞者は城田理事長になっていますよね」
西川は顎と鼻を突き出し、高い座高から高い目線で、土岐を見降ろすようにして言う。