同意を強く求めるような加奈子の口調に、土岐は同調しなかった。聞きながら、手帳の地下鉄路線図を開いた。東西線の茅場町から大手町方面だと、都心部になり、飯田橋の先には神楽坂がある。大手町からは千代田線、丸の内線、三田線、半蔵門線に乗り換えられる。反対方向の西船橋方面だと、門前仲町から先は若いカップル用の割安マンションや新興住宅地を擁する駅が西船橋まで続く。都心に近い割には地価の安いエリアだ。最近やってきた外国人も多く居住している。帰りの交通の便のこともあるし、金曜日の夕方、人と会うならば、洒落た店の沢山ある大手町方面に向かうのは自然に思われた。
そこで土岐はひと息ついた。西船橋方面に向かう可能性を考えてみた。
「西船橋方面で、誰かに、会う予定だったんですかね?」
「・・・それなら、わたしに言うはずです」
加奈子の話し振りが激しくなってきていた。身ぶり手ぶりが大きくなる。肩まで掛かっているボリュームのある髪が揺れる。
土岐はしばらく黙っていた。質問すれば加奈子の感情がますます高ぶるように思えた。じっと加奈子の話に耳を傾けた。加奈子の感情のおさまるのを待った。加奈子に聞こえるようにシステム手帳をパタンと畳んでジャケットのポケットにしまった。ソファーから腰を浮かせようとしたとき加奈子が言った。
「主人の名刺があります」
加奈子はさっと立ちあがって応接間を出て行った。
一、二分で戻ってきた。人差し指と中指に名刺をはさんで土岐の目の前に差し出した。
〈株式会社開示情報代表取締役社長 廣川弘毅〉
加奈子に聞いて、土岐は名刺の裏に、廣川弘毅の生年月日をメモした。
「大正生まれとすると、・・・随分、お歳の離れたご夫婦なんですね」
そう言うと加奈子はすこし腰をくねらせ、右手を右耳の近くの髪にあて、しなを作った。
土岐は、目をそらし、暇乞いのつもりでソファーから立ちあがろうとして、
「そのお年では、・・・ご主人は、生命保険には、入っておられないですよね」
「・・・いえ、掛け捨てで、去年の4月からなので、一年は超えていることは確かです」
「それなら、・・・かりに自殺だとしても、保険金はおりるんじゃないんですか?」
「二年以降でなければ免責だと言うんです。それで、宇多弁護士に相談したんです」
そこで土岐はひと息ついた。西船橋方面に向かう可能性を考えてみた。
「西船橋方面で、誰かに、会う予定だったんですかね?」
「・・・それなら、わたしに言うはずです」
加奈子の話し振りが激しくなってきていた。身ぶり手ぶりが大きくなる。肩まで掛かっているボリュームのある髪が揺れる。
土岐はしばらく黙っていた。質問すれば加奈子の感情がますます高ぶるように思えた。じっと加奈子の話に耳を傾けた。加奈子の感情のおさまるのを待った。加奈子に聞こえるようにシステム手帳をパタンと畳んでジャケットのポケットにしまった。ソファーから腰を浮かせようとしたとき加奈子が言った。
「主人の名刺があります」
加奈子はさっと立ちあがって応接間を出て行った。
一、二分で戻ってきた。人差し指と中指に名刺をはさんで土岐の目の前に差し出した。
〈株式会社開示情報代表取締役社長 廣川弘毅〉
加奈子に聞いて、土岐は名刺の裏に、廣川弘毅の生年月日をメモした。
「大正生まれとすると、・・・随分、お歳の離れたご夫婦なんですね」
そう言うと加奈子はすこし腰をくねらせ、右手を右耳の近くの髪にあて、しなを作った。
土岐は、目をそらし、暇乞いのつもりでソファーから立ちあがろうとして、
「そのお年では、・・・ご主人は、生命保険には、入っておられないですよね」
「・・・いえ、掛け捨てで、去年の4月からなので、一年は超えていることは確かです」
「それなら、・・・かりに自殺だとしても、保険金はおりるんじゃないんですか?」
「二年以降でなければ免責だと言うんです。それで、宇多弁護士に相談したんです」