武井は、ゴムのサンダルを半畳の玄関で脱ぐと、合板の食卓テーブルの椅子を引いて、土岐に上がるように指示した。土岐は靴を脱いでそのまま椅子に腰かけた。べニア板の低い天井が土岐を圧迫する。武井は台所を背に、ぐったりとしたように両腕を垂らして座っている。
土岐が缶ビールの6本パックをテーブルの上に差し出すと、武井は腫れぼったい目で、さっそく缶ビールをあけた。ビールの泡が勢いよくあふれ出た。武井は零れたビールをティッシュペーパーでふき取る。一口飲んでから、土岐を見る。武井の上唇にうっすらとビールの泡が付着している。
「運転業務は、田園調布の自宅と茅場町の会社の間だけだったんですか?」
「雑誌の配布もやっていた。大半の雑誌は日本橋の郵便局から郵送していたが、何部かは大手町の大企業の本社や本店に直接持って行っていた」
「企業名はわかりますか?」
「逓信ビルの近くで、その両隣は確か、大銀行と大商社の本社ビルだったと思ったけど・・・」
土岐には大体そのビルの位置の見当がついた。
武井はそこで缶ビールを一本飲みほした。缶の底に残る最後の一滴を音を立てて吸い出している。空き缶をテーブルの上に置くと、椅子の上で組んでいる胡坐の足を組み替えた。
隣の六畳間の外に一坪ほどの庭が見えた。低いブロック塀の上から、頼りなげな秋の陽光が畳の上に陽だまりを作っていた。武井が二本目の缶ビールに手をかけたとき、土岐は財布から名刺を出した。
「参考までにお聞きするんですが、先々週の金曜の夕方どちらにおられたかわかります?」
一瞬、武井の体が硬直したように見えた。右手の缶ビールが宙に浮いている。左手で土岐の名刺をじっと見ている。名刺を握りしめている左手が小刻みに震えている。
「・・・月水金は出社だから、車を転がしていたはずだ。運行記録をみれば」
それを聞いて土岐は椅子を引いて立ち上がった。
土岐は川崎から京浜東北線で品川に出て、山の手線の高田馬場で東西線に乗った。ひと駅で落合に着いた。四時前だった。
金田民子の家は〈落合斎場〉近くの〈メゾン落合〉という三階建てマンションの最上階と聞いていた。
土岐が缶ビールの6本パックをテーブルの上に差し出すと、武井は腫れぼったい目で、さっそく缶ビールをあけた。ビールの泡が勢いよくあふれ出た。武井は零れたビールをティッシュペーパーでふき取る。一口飲んでから、土岐を見る。武井の上唇にうっすらとビールの泡が付着している。
「運転業務は、田園調布の自宅と茅場町の会社の間だけだったんですか?」
「雑誌の配布もやっていた。大半の雑誌は日本橋の郵便局から郵送していたが、何部かは大手町の大企業の本社や本店に直接持って行っていた」
「企業名はわかりますか?」
「逓信ビルの近くで、その両隣は確か、大銀行と大商社の本社ビルだったと思ったけど・・・」
土岐には大体そのビルの位置の見当がついた。
武井はそこで缶ビールを一本飲みほした。缶の底に残る最後の一滴を音を立てて吸い出している。空き缶をテーブルの上に置くと、椅子の上で組んでいる胡坐の足を組み替えた。
隣の六畳間の外に一坪ほどの庭が見えた。低いブロック塀の上から、頼りなげな秋の陽光が畳の上に陽だまりを作っていた。武井が二本目の缶ビールに手をかけたとき、土岐は財布から名刺を出した。
「参考までにお聞きするんですが、先々週の金曜の夕方どちらにおられたかわかります?」
一瞬、武井の体が硬直したように見えた。右手の缶ビールが宙に浮いている。左手で土岐の名刺をじっと見ている。名刺を握りしめている左手が小刻みに震えている。
「・・・月水金は出社だから、車を転がしていたはずだ。運行記録をみれば」
それを聞いて土岐は椅子を引いて立ち上がった。
土岐は川崎から京浜東北線で品川に出て、山の手線の高田馬場で東西線に乗った。ひと駅で落合に着いた。四時前だった。
金田民子の家は〈落合斎場〉近くの〈メゾン落合〉という三階建てマンションの最上階と聞いていた。