しかしエスカレーターに乗るには、エスカレーターの昇降口でせまくなっているホームで電車を待っているラッシュ時の客をかき分けて行かなければならない。突き飛ばされた客は印象に残るはずだ。とすれば、遠回りになるが、階段を駆け上がったほうが、人目に付かないし、かえって早く改札から外に出られるということになる。
 土岐はもう一度、あたりを見回した。エスカレーターの下に警察の立て看板があった。
〈目撃情報を求めています。金曜日夕方五時過ぎにここで死亡事故がありました。事故を目撃された方は茅場署までご連絡ください〉
 素人が造ったような、あまり出来のいい看板ではなかった。事務処理的で、看板作製者の熱意が全く伝わってこなかった。
 土岐はあたりを見回しながら、見城仁美がこの場所にたどり着くまでの経路を想像してみた。午後5時に仕事を終えて、永代通りと新大橋通りの交差点の角から二つ目のオフィスビルの五階から、エレベーターのボタンを押して一階に出る。正面玄関を出て、新大橋通り沿いの歩道を二、三〇メートル歩いて、交差点の入り口から階段を下りて、地下鉄の7番の改札口を通る。その改札からエスカレーターを降りると、西船橋方面のホームの最も西船橋寄りの位置に出てくる。そこから、最も日本橋寄りの乗車位置まで来るにはラッシュ時のホームの人ごみをかき分けながら、ホームの端から端まで歩いてこなければならない。
 しかし双葉智子の話では仁美は10番の入口を使っているということだった。そうだとすれば〈インサイダー〉の前の路地を通って、来ることになる。
 土岐は逆ルートで事件当日の見城仁美の足跡をたどってみることにした。
 腕時計を確認し、十二時五十分ちょうどに東西線ホームの最も日本橋寄りの乗車位置から、ホームの反対側の端に歩き始めた。
 車両は一両が二十メートルある。それが十両編成だから、ホームの長さは二百メートルを超える。土岐の速足でも百メートル一分はかかるから、女の足で、しかもラッシュ時のホームを三分以内で歩ききることは困難に思える。
 ラッシュ時の女の足を斟酌して、土岐はゆっくりとホームの端から端まで歩いてみた。腕時計で確認するとたっぷり三分掛っていた。
 それから7番出入口まで階段を上って行くと、地上に出るまでにすでに五分近く掛っていた。