〈インサイダー〉の前で智子と別れたあと、路上で土岐は海野に電話を掛けた。呼び出し音、三回で出てきた。鷹揚にふんぞりかえった声がした。
「どちらさんで?」
「土岐です。その後、何かありましたか?」
 土岐と聞いて、海野の口調がさらに横柄になった。
「・・・見城仁美が目撃証言を変えたぞ」
 脇を宅配のトラックが通り過ぎて、海野の声が少し聞き取りづらくなった。
「・・・廣川弘毅は自分から線路に飛び込んだそうだ」
「もう一人の老人か背後を通り過ぎた男が突き落としたかも、ということでは?」
「保険屋に抱きこまれたのかも知れない。一件落着だ。明日にでも、自殺で処理する」
 海野の口ぶりには本意ではないという底意がなんとなく感じられる。
 海野の突き放したような冷たい声がする。
「これで、仕事もおじゃんだな。まあ、あとはせいぜい民事で頑張ってくれや」
と人の心を逆なでするような海野の無神経なせりふを聞きながら、土岐は見城仁美の身辺を詳しく調査する必要性を感じていた。
「それは、それとして、見城仁美の家族関係を調べてもらえませんか?」
「・・・住民票とか戸籍程度でいいのか?」
 そこで電話が切れた。

 土岐は茅場町駅の東京証券取引所に近い10番の改札口で駅員を探した。改札の窓口には田辺とは違う男が座っていた。胸のネームプレートを確認するとワープロのボールドの印字で〈岡田〉となっていた。土岐は改札の外から声をかけた。
 下を向いていた岡田が土岐の顔を見上げた。若い目じりが鋭く吊り上っている。〈それが何か?〉と問いたげだが、表情のない目で黙っている。土岐が聞く。
「事故のあった5時3分ごろの時間に、何か変わったことはなかったですか?」
 岡田はいぶかしそうな目で土岐の顔を見る。土岐は内ポケットから名刺を出した。
 岡田はものめずらしそうに土岐の名刺に眼を落す。それから名刺を裏返す。裏は白紙だ。
「そのエレベーターからか、あるいは脇の階段からか、老人が駆け出てきたような記憶が」