「・・・ええ・・・それに、・・地下鉄の賠償金もあります」
加奈子はリップグロスで艶めく唇できっぱりと言った。土岐は用意してきた事前調査依頼の契約書を内ポケットから取り出してガラステーブルの上に広げた。
加奈子の目に険が走る。素早い目付きで、契約書にさっと眼を通している。柔和のように見えていた目がすこし釣りあがる。下を向くと顔に影ができる。涙袋のたるみが目立つ。眼光の鋭さは、専業主婦には見えない。
加奈子が土岐の差し出したパーカーのボールペンで契約書に署名し、壁際のサイドボードから取りだした印鑑で捺印したのを見届けて土岐は切り出した。
「最初に、・・・ご主人がなくなった状況から、なるべく、くわしく、お話いただけますか?」
加奈子は応接間の窓際の格子模様の板天井に眼を泳がせながら話し出した。
「茅場町の西船橋方面のホームから突き落とされて、・・・轢死しました」
「で、・・・御主人のお勤め先はどちらだったんですか?」
土岐は濃紺のジャケットの内ポケットから分厚いシステム手帳を取り出した。
「・・・兜町の小さな雑誌社です。開示情報という雑誌の編集をやっていました」
土岐はそこまでの話を手帳にメモ書きし、話を元に戻した。
「で、・・・金曜日の帰宅途中でなくなられたんですか?」
「間違いなく殺されたんです」
そう言う加奈子の低いハスキーボイスのトーンが少し上がった。吸ってはいないが、タバコの煙が鼻先にプーンとにおって来るような声質だった。
「茅場署の海野刑事の話では自殺だと。ねずみ男みたいな薄汚いハゲで」
と加奈子は憎々しげに言う。加奈子の艶っぽい唇が小刻みに震えている。
「それでは、・・・御主人の死が自殺ではないと思う根拠は、何ですか?」
加奈子はソファーにもたれていた背中をゆっくりと起こした。腹筋の弱いのが分かる。それから、少し身を乗り出してきた。上目遣いになると、額に薄っすらと皺が寄る。
「会社まで送って行ったとき、『迎えに来てくれないか』って降り際に言ってたんです」
加奈子はリップグロスで艶めく唇できっぱりと言った。土岐は用意してきた事前調査依頼の契約書を内ポケットから取り出してガラステーブルの上に広げた。
加奈子の目に険が走る。素早い目付きで、契約書にさっと眼を通している。柔和のように見えていた目がすこし釣りあがる。下を向くと顔に影ができる。涙袋のたるみが目立つ。眼光の鋭さは、専業主婦には見えない。
加奈子が土岐の差し出したパーカーのボールペンで契約書に署名し、壁際のサイドボードから取りだした印鑑で捺印したのを見届けて土岐は切り出した。
「最初に、・・・ご主人がなくなった状況から、なるべく、くわしく、お話いただけますか?」
加奈子は応接間の窓際の格子模様の板天井に眼を泳がせながら話し出した。
「茅場町の西船橋方面のホームから突き落とされて、・・・轢死しました」
「で、・・・御主人のお勤め先はどちらだったんですか?」
土岐は濃紺のジャケットの内ポケットから分厚いシステム手帳を取り出した。
「・・・兜町の小さな雑誌社です。開示情報という雑誌の編集をやっていました」
土岐はそこまでの話を手帳にメモ書きし、話を元に戻した。
「で、・・・金曜日の帰宅途中でなくなられたんですか?」
「間違いなく殺されたんです」
そう言う加奈子の低いハスキーボイスのトーンが少し上がった。吸ってはいないが、タバコの煙が鼻先にプーンとにおって来るような声質だった。
「茅場署の海野刑事の話では自殺だと。ねずみ男みたいな薄汚いハゲで」
と加奈子は憎々しげに言う。加奈子の艶っぽい唇が小刻みに震えている。
「それでは、・・・御主人の死が自殺ではないと思う根拠は、何ですか?」
加奈子はソファーにもたれていた背中をゆっくりと起こした。腹筋の弱いのが分かる。それから、少し身を乗り出してきた。上目遣いになると、額に薄っすらと皺が寄る。
「会社まで送って行ったとき、『迎えに来てくれないか』って降り際に言ってたんです」