雨は完全には上がっていなかったが、コートの上空にはネットがあり雨よけになっていた。コートは滑らないプラスティックの簀の子のような素材で水はけが良かった。
 六時半になると、半袖短パンのコーチがコートの中央に出てきて、掛け声をかけて準備体操を始めた。
 土岐も一緒に準備体操の輪に加わった。準備体操が進むうちに、参加者が三々五々集まり始め、男四名、女三名、土岐を入れて八名になった。
 土岐は三人の女を観察した。やせぎすの中年の女が一人、残りの二人は二十代後半に見えた。一人は小太りのふくよかな女で、胸の名札を見ると、金釘文字で、〈双葉〉と書いてあった。もう一人は、中肉中背のやや筋肉質に見える神経質そうな女だった。腰の名札を見ると、まるっこい文字で、〈見城〉と書いてあった。
 土岐が女たちの腰や胸の名札に目を凝らしていると、双葉智子も土岐の胸の名札を読み取ろうとしていた。土岐は意図的に智子に胸を向けた。ナイターの照明はあったが、その照明を背にすると名札は読みづらい。それに、〈時山〉という姓はそれほど多くない。智子が読み取りにくく感じていることは容易に想像できた。
 土岐は仁美と視線を合わせた。土岐が凝視している時間が長かったので、いずれ仁美と眼が合う可能性のあることは予期していた。見知らぬせいか、怪訝な目線を土岐に投げつける。土岐は軽い微笑を返した。それを仁美は薄ら笑いと受取った。不快な顔をして、すぐに視線をはずした。それから二度と土岐の方に視線を向けなかった。
 練習は八時に終了した。終了と同時に、智子が土岐の前にやってきた。
「・・・昨日、お電話いただいた時山さんですよね」
 智子は満面に笑みを浮かべている。
 仁美はその情景をすこし離れて冷ややかに見つめている。
 智子は土岐の方に振り向いた。
 そのとき仁美はすでにロッカールームの方に歩き出していた。智子もロッカールームに向かって歩き出した。
 土岐はそれについて行った。
 ロッカールームは手前に男子用があり、女子用はその奥にあった。
 土岐は着替えを済ますと、非常階段わきのエレベーターホールで二人を待った。
 四人の男たちは土岐に声をかけることもなく、さっさと降りて行った。