その三ことを繰り返した。口の形を確認しながら、仁美の動画の記憶と照らし合わせる。最初の一ことは「ま」ではない。「ま」の発音よりも口角が狭い。仁美の口は丸くなっていた。「わ」なら一致する。最後の一ことは「ね」ではない。すこし唇を突き出したような発音だ。「し」ならほぼ一致する。
「わ、た、し」
と土岐は呟いた。
「・・・えっ?」
とタクシーの運転手が聞き返した。
土岐はそれに答えずに、もう一度つぶやいた。
「わたし・・・」
「・・・わたしがなにか?」
と運転手はバックミラーをのぞき込む。
土岐は窓ガラスに向けて声を出さずにつぶやいた。
車窓を晩秋の深い闇が流れていた。街灯りが凍り付いているように見える。
土岐は深い疲労感に襲われて、タクシーのシートからずり落ちるように体を沈めた。(完)
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「わ、た、し」
と土岐は呟いた。
「・・・えっ?」
とタクシーの運転手が聞き返した。
土岐はそれに答えずに、もう一度つぶやいた。
「わたし・・・」
「・・・わたしがなにか?」
と運転手はバックミラーをのぞき込む。
土岐は窓ガラスに向けて声を出さずにつぶやいた。
車窓を晩秋の深い闇が流れていた。街灯りが凍り付いているように見える。
土岐は深い疲労感に襲われて、タクシーのシートからずり落ちるように体を沈めた。(完)
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