仁美の瞳孔が激しく揺れている。土岐は身を乗り出して、仁美の肩に手を置いた。
「どう・・・偶数だと思う?」
仁美は、肩に置かれた土岐の手のぬくもりに促されるように小さくうなずいた。セミロングの髪が頬をおおう。土岐は仁美の肩を軽く揺すった。
「それじゃ、この封筒をおじいさんに届けてくれ。いいね」
土岐は百万円の入った封筒を仁美の目の前に置いた。仁美はその封筒の上に目を落とす。土岐はテーブルの上に眼を伏せている仁美の黒髪に声をかけた。
「君がこれまで恋人を作ろうとしなかった理由は、おばあさんとお母さんが認知症だったからじゃないのか?自分もそうなると思い込んでいるんじゃないのか?君は相手の人生を不幸にしてはいけないと勝手に思い込んでいる。しかし、おばあさんとお母さんが認知症であることが知れたときに相手の男に捨てられることを恐れている自分を認めようとしていない。認知症になるとしても五十を過ぎてからでしょ?そうならないかも知れない。二十年も三十年も愛情をはぐくめば、たとえそうなったとしても、恐れることはないじゃないか。かりに、認知症のことを知って、その男が逃げて行ったとしても、それはそれでいいじゃないか。そんな男は本当に君を愛しているとは言えない。むしろ、そのことがリトマス試験紙になるじゃないか。相手の男の本心を知りたければ、おばあさんとお母さんの話をすればいい。君を本当に愛していない男なら尻尾を巻いて逃げて行くさ。少なくとも、ぼくは逃げて行かないけど・・・ぼくは君の認知症も受け入れたい」
そう言いながら、土岐は身を乗り出して、仁美が座席の横に置いた大きなリボンのついたバッグの中に百万円の入った封筒をしまってやった。
甘酸っぱい沈黙が流れた。うつむいている仁美の眼の真下あたりのテーブルの上に間欠的に熱い滴が落ちてきた。滴はテーブルの上に落ちると、室内を漂うわずかな明かりのすべてを吸い取って、思いのたけを話したげに、きらきらと輝く。仁美は下を向いたまま、薄いアイボリーのレースのハンカチを取り出して、瞼を閉じ、涙を押しだすようにして眼のあたりを拭う。こみあげてくるようなグスンという鼻音がハンカチの中でくぐもる。涙声をこらえて仁美が言った。
「・・・わたしも、お願いがあるの」
「どう・・・偶数だと思う?」
仁美は、肩に置かれた土岐の手のぬくもりに促されるように小さくうなずいた。セミロングの髪が頬をおおう。土岐は仁美の肩を軽く揺すった。
「それじゃ、この封筒をおじいさんに届けてくれ。いいね」
土岐は百万円の入った封筒を仁美の目の前に置いた。仁美はその封筒の上に目を落とす。土岐はテーブルの上に眼を伏せている仁美の黒髪に声をかけた。
「君がこれまで恋人を作ろうとしなかった理由は、おばあさんとお母さんが認知症だったからじゃないのか?自分もそうなると思い込んでいるんじゃないのか?君は相手の人生を不幸にしてはいけないと勝手に思い込んでいる。しかし、おばあさんとお母さんが認知症であることが知れたときに相手の男に捨てられることを恐れている自分を認めようとしていない。認知症になるとしても五十を過ぎてからでしょ?そうならないかも知れない。二十年も三十年も愛情をはぐくめば、たとえそうなったとしても、恐れることはないじゃないか。かりに、認知症のことを知って、その男が逃げて行ったとしても、それはそれでいいじゃないか。そんな男は本当に君を愛しているとは言えない。むしろ、そのことがリトマス試験紙になるじゃないか。相手の男の本心を知りたければ、おばあさんとお母さんの話をすればいい。君を本当に愛していない男なら尻尾を巻いて逃げて行くさ。少なくとも、ぼくは逃げて行かないけど・・・ぼくは君の認知症も受け入れたい」
そう言いながら、土岐は身を乗り出して、仁美が座席の横に置いた大きなリボンのついたバッグの中に百万円の入った封筒をしまってやった。
甘酸っぱい沈黙が流れた。うつむいている仁美の眼の真下あたりのテーブルの上に間欠的に熱い滴が落ちてきた。滴はテーブルの上に落ちると、室内を漂うわずかな明かりのすべてを吸い取って、思いのたけを話したげに、きらきらと輝く。仁美は下を向いたまま、薄いアイボリーのレースのハンカチを取り出して、瞼を閉じ、涙を押しだすようにして眼のあたりを拭う。こみあげてくるようなグスンという鼻音がハンカチの中でくぐもる。涙声をこらえて仁美が言った。
「・・・わたしも、お願いがあるの」


